鹿島美術研究様 年報第40号別冊(2023)
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ただ、蝉の声から夏の暑さを感じ、その声を鬱陶しく思うこともあったようで、「蝉はただ五月晴に聞きそめたるほどがよきなり。やゝ日ざかりに啼さかる比は、人の汗しぼる心地す。」とある(注6)。蝉の鳴き声は時としてあまり好ましくないものとなることもあったが、古くから和歌や物語に幅広く登場していた事が確認できた。2.絵画に登場する蝉蝉が画中に登場するのは日本の現存作例としては近世以降に見出すことが出来るが、中国では遥か昔より画題として取り上げられていたようだ。『歴代名画記』には六朝宋代の画家・陸探微の作品の中に「蝉雀図」が挙げられている(注7)。現存するものとしては、重要文化財《草虫図》元時代・14世紀(東京国立博物館蔵)に蟷螂に捕えられた蝉が描かれている。この他には伝馬和之筆《風柳蝉蝶図》(MIHO MUSEUM蔵)は柳にとまる蝉を表す。蝉は中国においては復活の象徴として好まれ、古代より青銅器などにあしらわれており、「蝉雀図」や《草虫図》の中に登場する蝉は、元来吉祥性を持ったモチーフが描かれるとされる草虫図にはそぐわないかもしれないが、蝉を狙う蟷螂の後ろでは黄雀が様子を窺っている、つまり目先の利益に目がくらんで近づきつつある災いに気が付かないという訓戒を込めた「螳螂捕蝉、黄雀在後」を彷彿とさせる(注8)。ここからやや時代と場所は離れるが、伝徐柱《葡萄蝉図》朝鮮時代・16~17世紀(朝鮮)は葡萄にとまる一匹の蝉を墨の濃淡によって表している。さて、日本で17世紀以降に蝉が描かれた作品を管見の限り挙げておきたい。伊藤若冲による自画自刻の拓版画である《玄圃瑶華》明和5年(1768)の中には、シダレヤナギにとまる蝉と、若冲と深く親交を結んだ大典による短辞「涼風吹緑葉 落日乱鳴蝉」を添えた一図が収められている。同じく若冲による重要文化財《菜蟲譜》寛政2年(1790)頃(佐野市立吉沢記念美術館蔵)は約56種類の虫を画巻後半に表すが、その中で画面上方より葛の蔓にとまる蝉が表されている。左右対称の構図、双幅という常州草虫画の特徴を有する狩野栄信《草花群虫図》18~19世紀(東京国立博物館蔵)の右幅にも蝉を捕える蟷螂が描かれている。葛飾北斎による《南瓜花群虫図》天保14年(1843)(すみだ北斎美術館蔵)においても、群れ飛ぶ多数の虫の中に蝉が描かれている。四季の多種多様な草花と虫を表す山本梅逸《花卉草虫図》弘化元年(1844)(名古屋市博物館蔵)にも、画面左上部には樹にとまる蝉が描かれる。この他、版本には喜多川歌麿『画本虫撰』天明7年(1787)の中にはトウモロコシにとまる蜩と、糸瓜にとまる蝉が狂歌と共に登場する。また、森春渓『肘下選蠕』文政3年(1820)、―266――266―

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