鹿島美術研究様 年報第40号別冊(2023)
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㉗ ウォルター・デ・マリアの制作における自然科学の影響研 究 者:日本学術振興会 特別研究員PD(東京大学)  吉 田 侑 李はじめに本論考はウォルター・デ・マリア(Walter De Maria, 1935-2013)の制作における自然科学─とりわけ量子力学の知見─からの影響を考察し、香川県の直島に常設展示されている二つのインスタレーション作品《見えて/見えず 知って/知れず(Seen Unseen / Known Unknown)》(2000)と《タイム/タイムレス/ノー・タイム(Time/Timeless/No Time)》(2004)とを再考する。1960年頃から制作を開始したデ・マリアは60年代後半から展示室に土を敷き詰めたインスタレーションや広大な土地を用いた作品を制作していく。そのため、美術館やギャラリーといった伝統的な展示空間を超え、自然空間を用いたランドアートの重要な作家の一人として認識されている。その一方で、数学的な規則性を取り入れた作品も多くあり、数学や物理学といった自然科学との関連も先行研究において指摘されている。しかし、今回の調査によって、デ・マリアは制作を開始した当初から一貫して物質がどのように存在するのかという存在の状態に強い関心があったことが判明した。さらに、これは20世紀前半から半ばにかけて大きな発展を遂げた量子力学の知見から由来する可能性が高いことがわかった。以下では、デ・マリアの作品と発言とを分析することによって上記を検証し、このような観点から直島で展示されている二作品の再考を試みる。初期作品における存在状態への関心デ・マリアの初期作品は物質が物理的な次元と観念的な次元において、どのように存在するのかということへの関心を示している。例えば、《ボール・ドロップ(Ball Drop)》(1961-64)〔図1〕は高さ193センチ、幅61センチ、奥行き15.9センチの木材で形成された箱の正面に二つの穴が上下に間隔をあけて開口している。鑑賞者は、同じく木材でできた直径10センチの球を上の穴から入れることができる。球は内部を落下し、下の開口部に現れる。1960年代前半、デ・マリアは木材でできた物体(球形であることが多い)を、鑑賞者がある場所から異なる場所へと置き直したり、移動させることができる作品を制作しており、鑑賞者の参加を作品の「重要な」要素としていた(注1)。しかし、ここでは、球が箱の内部を落下するという移動過程が見えなくなっている―283――283―

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