ことに注目したい。というのも、《ボール・ドロップ》の別ヴァージョンでは、上部の穴から入れられた球は直線的に落下するのではなく、「く」型になっている内部経路を通って、下の穴に現れる構造となっている(注2)。球の位置を見ることはできない鑑賞者は、移動に要する時間や転がる音から、見えない内部構造を想像することになる。つまり、球を入れて観察するという身体的な行為だけでなく、想像という観念的な行為をも含めた二重の参加がここでは要請される。実際、見えない物体に対する想像力を喚起することは、デ・マリア本人も意図していたことであり、「不可視性(invisibility)」という考えが彼の制作に通底していたことはすでに先行研究によって論じられている(注3)。こうした不可視性が、量子力学的なモデルと関連していた可能性を示す紙作品が存在することが、メニル・コレクション(米国、ヒューストン)が所蔵する作品の調査を通じて判明した。2018年、同コレクションには、500枚以上のドローイングやスケッチが収蔵され、これらはデ・マリアの創造的思考をたどる上で重要な資料体となっている。1959年頃に制作されたスケッチには、メモのような文章が上下に書かれ、その間に箱を思わせる形が、上に二つ、下に三つ描かれている〔図2〕。下の三つの箱の中には棒状に表現された人間が描かれており、「旗をもつ人間」、「箱のなかにブロックを入れる人間」、「三人の遊んでいる子供たち」というテキストがある。その下には、「それぞれの箱は、ランダムな間隔で開けられる。(箱に付き添っている者によって)」、「箱の中にいる人たちは、ランダムな間隔で行為を行っている」という指示めいたテキストが書かれている。また、これらの文章から画面の上に向かって矢印が伸び、そこには「観客は箱の中に入っており、ランダムな間隔で箱を開けていく」と書かれている。「建築展示─1959(Architecture Show─1959)」という語が画面の左上に書かれているが、このスケッチが構想していた展示案を示しているのかなどの詳細についてはわかっていない。さらに、「観客は箱の中に入っており」という箇所についても、略図が描かれているわけではないため、一体どのような状況を指しているのかが判然としない。だが、内部に何らかの行為を行っている人間が描かれた三つの箱と、それらがランダムな間隔で開けられるという記述からは、箱を開けるまでは、内部にいる人物たちがどのような行為を行っているのかがわからない状況を指しているのだと推察できよう。こうした状況は、理論物理学者エルヴィン・シュレーディンガーが提唱した量子力学の分野における有名な思考実験「シュレーディンガーの猫」を彷彿させる。シュレーディンガーは、箱の中で放射性原子が自然崩壊すると毒ガスが発生し、中にいる―284――284―
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