注⑴ Christine Mehring, “Other Work: The De Maria Experience, 1960-77,” Walter De Maria: The Object, the Action, the Aesthetic Feeling, eds. Elizabeth Childress and Michael Childress (New York: Gagosian Gallery, 2022), p. 30.来は観察される対象であったオブジェのなかに観察する主体が取り込まれているような、この展示空間自体が生み出す感覚と通じるものがある。つまり、《タイム/タイムレス/ノー・タイム》は、自身がそれまで用いてきた数学的規則、原子を彷彿させる球への関心、自然現象である光といった要素を取り入れつつ、有限な空間(建築の中)に観察対象と観察主体との一体的な知覚構造を記念碑的なスケールで達成しているのだ。そして、本稿での議論を踏まえると、ここにはデ・マリアが関心を寄せていた、物質の存在の状態に対する見方を大きく更新した量子力学的な考えが密接に関係していた可能性が考えられる。おわりに以上、今回の調査で明らかになったウォルター・デ・マリアの自然科学への関心、とりわけ量子力学的な考えとの関連を中心に、直島で常設展示されている二つのインスタレーション作品《見えて/見えず 知って/知れず》、《タイム/タイムレス/ノー・タイム》を考察した。本調査研究では、自然科学という切り口で彼の制作を考察したものの、調査を通じていくつかの興味深い知見も得ることができた。とくに、直島に設置する作品を構想するにあたって、デ・マリアが同地の歴史や文化事業についても、詳しく学んでいた可能性があることがわかった(注10)。だとすると、初期作例とこれまで関連づけられてきた《タイム/タイムレス/ノー・タイム》の階段状の構造は(注11)、かつて直島で栄えた塩産業で用いられた山の斜面に段状に設置された立体塩田との関連も浮かび上がる。このように考えると、本作は直島というローカルな場所の歴史という時間性をも導入している可能性が考えられる(注12)。今回は、ニューヨークにあるウォルター・デ・マリア・アーカイヴでの調査は、資料整理の最中であるという理由で行うことができなかった。しかし、作家が所蔵していた資料や書籍などの包括的な調査が同アーカイヴにて可能になれば、彼の自然科学に対する関心と制作との関連にくわえ、作品が設置される土地の歴史や時間性と、そのような関心とがどのように関係していたのかについても、より実証的に検証することが期待できる。これらの点については今後も継続して調査を行っていきたい。―289――289―
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