鹿島美術研究様 年報第40号別冊(2023)
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種」に分類され、表象されるようになるため、「白人種」として、さらには「人種」の「美」を体現する存在として示したことはかなり斬新であった。しかしながら、確かにコルディエは各人種の「美」の存在を支持していたものの、ギリシャやガリアを「白人の代表」と呼び、称賛することもまた忘れてはいない。そして、この寄贈された3体の胸像は、あくまで白人研究者らに利用される「資料」であったことも付け加えねばならないだろう。この行為は、一つの仮説を我々に提起しうる。すなわち、彫刻家はあえて「白色人種」の代表として「アラブ人」を扱い、結果として、視覚化された「人種」の表象からはヨーロッパは姿を消すこととなったのである。そして疑いなき「白色人種」であるヨーロッパは、人種の表象を検討するに際し、見えざる「主体」として、「科学」という俎上に「人種」概念を「客体」として据えることが可能となったのである。すなわち「白色人種」をアラブ人として表象することは、「人種」を「他者化」するプロセスであったとも考えられる。また、砂漠で「孤立した部族」、という表現は、その「人種」が「純粋」であり、混交を伴わない「原初的な人類」であるという意味をも示唆しているように思われる。「人種」という概念を志向するにあたり、「混血」でない「純粋な人種」としての分類に耐え得る「科学的」資料として、受容者たる科学者を意識していたであろうことが読み取れる。残りの2点、絶対美ではなく個々の「人種」に偏在する「普遍的な美」の思想は、先に述べたボードレール、ゴーティエの思想にも共通するものであるが、「芸術と「科学」」の共存という理想に関しては、ロシェによる言説、『美術教育のための応用人類学講義』(1869年)において明確に示されている。「さらに進んで、科学者の善意にもかかわらず、人類の種族の研究は完全には彼らの能力の範囲内ではないということを明らかにしよう。[…中略…]彼らの人類学的な博物館の試みは、大抵の場合、頭蓋骨や人間の破片の集合体に過ぎず、[…中略…]ほとんど参考にならないのだ。[…中略…]人間の本質は、より良い手順と敬意を必要とする。学識ある芸術家の指導の下、特別な記念碑が建てられて初めて、真の意味での人類の博物館を設立することができるのである。彫刻や絵画の優れた作品で構成されることで、各民族の最も完全な標本、最も正確な表現がなされるのだ。自分自身のプロトタイプ[prototype 典型例]を提供できない人間の品種は、人種の名に値せず、一部の劣化した、あるいは幼稚化した種族の最後の残骸とみなされなければならない。[…中略…]ヨーロッパの列の先頭に立つのは、我々がギリシャ型と呼ぶタイプの形成に貢献した人々や民族であ―349――349―

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