ていたからであると考えられる。議事録によれば、ロシェの主張は「彼自身が認めているように、彼の作品は科学的なものというよりも芸術的なもの」ではあるが、元人類学会会員であった老彫刻家は「人類学的な科学をするふりをしていたわけでは」なく、「芸術家」として「人間の美の理想型を考え、その比率[proportion]」を示したのであり、「このようなタイプは、彫像家のアトリエ以外ではあまり、あるいは全く実現されないが、それでもその芸術的価値は維持」されていると擁護された。また、「彼は、自分のアイデアの素晴らしさを学会が宣言することを求めているのではなく、彼の通信を会報に掲載することで、学会がそれを認めてくれることを望んでいる」だけであり、彫刻家が自身の論証の「科学的」価値を知らしめるためではなく、単に人類学会という「科学的」権威による承認欲求に基づくものであると明言している。結果として、彫刻家の学会在籍時の「科学的人類学の発展に与えた影響」が評価された結果、ロシェの論文は会報に全文掲載されることが決定されたのである。人類学会によるロシェの言説に対する評価からは、同時代の科学者、及び「科学」の領域において、美術解剖学や類型化の手法が、あくまでも芸術分野における理想美や観相学的な内面性を追求するにとどまっており、パリ人類学会が目指す、いわゆる真実「科学」的な研究に資する理論とは見做されなかった事実を示している。その一方で、最終的に彼の論説が会報に掲載されたことからも、芸術家が「科学」へと接近するというアクションそれ自体には肯定的かつ寛容な態度が窺える。4.結語レアリスム的表現と「人種」表象の類型化、そして理想美の問題について検討を行うために、「民族誌学彫刻」に取り組んだ芸術家自身の芸術理論、そして同時代の美術批評家による言説を分析対象とすることで、科学的な「模型」であり、かつ芸術作品たる「彫刻」としても存在し得た「民族誌学彫刻」の特異性を追求しようと試みた。今後も引き続き、「人種」や「民族」といった概念の具現的イメージとして存在し得た「民族誌学彫刻」に関して、その「科学的」な要素と、大芸術としての彫刻の価値の両立を、「科学」領域および芸術領域における文献の分析から検討を続ける。また国立自然史博物館そして人類博物館における彫像作品の制作経緯や収蔵、展示の状況の精査、そして美術史的見地からの作品分析を通して、「民族誌学彫刻」について更なる考察を深めたい。―351――351―
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