鹿島美術研究様 年報第40号別冊(2023)
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3 白隠慧鶴筆「蛤蜊観音図」の図像ついて白隠以前の「蛤蜊観音図」が非常に少ない一方で、白隠は比較的多くの「蛤蜊観音図」を遺している。現在確認できた白隠筆「蛤蜊観音図」は7点あり、それらは概ね、蛤蜊観音一尊のみを描く【独尊型】と、蛤蜊観音とともに擬人化された海洋生物や龍王を描く【龍王礼拝型】の2種類に分けられる。白隠以前の「蛤蜊観音図」の様に、蛤の殻から直接観音が出現するのではなく、蛤が吐き出す「気」から出現する点が特徴的である。以下、制作年代順に並べて各作品について記すこととする。【独尊型】蛤から出現する観音を描く。観音が出現する表現は、蛤が吐き出す気が上方に立ち昇りそのまま観音の下半身に連なって表されるものと、気から水波を伴う岩座に坐す観音が出現するものがある。前者は禅画特有の略筆で描かれるが、後者においては白隠作品の中でも入念な筆致による丁寧な表現が認められ、また豊な色彩が特徴的である。蛤の気から飛沫を伴う波とともに出現する岩上の蓮華座に坐した観音の姿は厳かで、鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』に載る「蜃気楼」の図像〔図4〕を連想させる。●ギッター・イエレン・コレクション本〔図5〕画面下端の大蛤から出現する気がそのまま観音に変じる様を描く。観音の装飾は頭部の蓮華装飾のみの簡素な姿で表され、その両手は衣の中に隠される。白隠の高弟である遂翁元盧(1717-89)や白隠の孫弟子にあたる卓洲胡僊の弟子・蘇山玄喬(1799-1868)が同じ図様の「蛤蜊観音図」を絵が描いている。賛は「はまぐり身得度者 即現はまぐり身而為説法」と「観音経」に因んだもの。印は関防「顧鑑咦」(白文長方印)/「白隠」(朱文方印)、「慧鶴之印」(白文方印)。画風と賛の書体、及び使用印から60代前半頃の作か。●禅叢寺本〔図6〕本紙縦129.7×横161.2の紙本淡彩画の大幅。大画面の右下端に配された大蛤、そのわずかに開かれた口から吐き出された気から観音が出現する。観音は向かって左を向き、岩上の蓮華座に腰をかけ、左脚を蓮華座に踏下げ、右脚を垂下脚の膝の上に乗せる半跏の姿勢をとる。岩のすぐ下には波が打ち寄せ飛沫を上げる。朱の衣には白抜きで蓮華唐草文が描かれ、青の天衣も同紋様が白抜きで描かれる。第3指と第4指を捻じた両手は顔の位置まで持ち上げられ、鉢と楊柳を捧げ持つ。背景には薄墨がはかれ、幻想的に観音が浮かび上がる。関防印はなく、「慧寉」(白文方印)の印のみ。画風や使用印から60代後半~70代前―389――389―

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