鹿島美術研究様 年報第40号別冊(2023)
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の中には、松蔭寺本と同様に、見開かれた目と鋭い歯を持つ異形の者が紛れている。賛は「観音経」に載る句「慈眼視衆生福聚海無量」を引用しているが、そのうちの「聚」の字を音通する「壽」に置き換えている。印は関防「龍徳先天」(白文楕円印)/「白隠」(朱文行路印)、「慧鶴」(白文方印)を捺す。画風や賛の書体から70代前半の作と考える。●佐野美術館本〔図10〕画面下中央に置かれた大蛤がわずかに口を開けて吐き出す気から観音が出現する様を描く。観音は岩上に右膝を立てて坐し、左手に巻物を持ち、右手でその紐をとく。礼拝人物群は、龍を背負う龍王、タツノオトシゴを背負う龍女、頭に貝を乗せた童子、蛸を乗せたお福、その他、海老、山椒魚、二枚貝、巻貝を頭上に乗せた衆生が観音の足元にある大蛤を囲むように描かれる。観音を指さす童子を除き、礼拝する衆生は微笑みながら観音を見上げて合掌する。その中でもお福が纏う着物の袖に「壽いのちながし」(注5)の字が表されている点は注目される。観音の宝冠装飾は會津本と同様で、賛は「はまぐり身得度者 そくげんはまくりしんにい説法」。印は関防「顧鑑咦」(白文楕円印)/「白隠」(朱文双龍方印)、「慧鶴」(白文方印)を捺す。賛の書体や観音の顔付きから70代後半の作か。●永青文庫本本紙法量縦130.0cm×横56.8cmの紙本淡彩。印は関防「顧鑑咦」(白文楕円印)/「白隠」(朱文双龍方印)、「慧鶴」(白文方印)で、佐野美術館本と3顆とも同じものを押す。観音の図像は、持物が鉢と楊柳である点を除き、ほとんど佐野美術館本と共通する。諸本と同様に、龍王を筆頭とした観音を礼拝する群衆は、皆その頭上に海洋生物を乗せるが、その中には、松蔭寺本や會津本と同様に見開かれた目と鋭い歯を持つ異形の者が紛れている。画面全体に薄墨がはかれ、それよりも濃い墨で隈取られた観音は一層際立つ。賛は「はまぐり身得度者 即現はまぐり身而為説法」。賛の書体や観音の顔付きから佐野美術館本とほぼ同時期の70代後半の作と考えたい。以上、7点中4点に描かれた礼拝人物群の表現は、江戸中期以降に流行した庶民文芸の一つである草双紙における龍宮世界の表現〔図11〕に共通点が見出せる。草双紙は挿絵と平仮名のみで構成され、江戸の出版文化の中で広く庶民に親しまれた。庶民に寄り添った白隠だからこそ、こうした庶民文芸の図様を取り入れた可能性は高いだろう。また【龍王礼拝型】における観音と龍王を筆頭とした人物群の構図は、大徳寺、―391――391―

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