㊵ 清初における南宗画の変容と拡張─惲寿平「花隖夕陽図巻」(京都国立博物館)について─研 究 者:黒川古文化研究所 研究員 飛 田 優 樹1、四王呉惲における惲寿平清初に正統派文人画を築いた四王呉惲のうち、惲寿平(1633~90)はやや異質な存在である。董其昌(1555~1636)を祖と仰ぎ倣古山水画を重んじたこの一派において、惲寿平だけは董其昌の師系に属さず、画論には董其昌に反抗する意識も見られ(注1)、絵画制作は花卉画を中心とした。それでも彼が六家に名を連ねるのは、深く影響し合った王翬(1632~1717)との交友関係による。四王呉惲の絵画は、もともと個性派・奇想派の素質を持っていた董其昌の絵画を平凡化・形式化したと批判されることが多い。その評価の当否は一旦置くとして、こうした董其昌から四王呉惲への変化の過程において董其昌と最も距離のある惲寿平の役割を見逃すわけにはいかない。これまで、惲寿平の研究は花卉画もしくは画論に関するものが多数を占めてきた。しかし、四王呉惲における惲寿平を捉えるには、彼の山水画にも注目する必要がある。惲寿平が天下第二手となるのを恥じ、山水を王翬に譲ったという佳話はあまりに有名だが(注2)、現存作を見る限り惲寿平の山水の実力が王翬に劣るということはなく、年紀からは晩年まで制作を続けていたこともわかる。惲寿平の画論も花卉より山水の話題の方が多く(注3)、明らかに山水画を重視している。しかし、彼の山水画についての研究は画風変遷が提示された程度で(注4)、個別の作品解説以外には具体的記述を欠くものが殆どである。一方、近年は中国絵画に関する網羅的な資料収集は大きく進展しており、惲寿平についても『甌香館集』の校勘、著録や現存作の題跋、それらに基づく年表等を収めた呉企明輯校『惲寿平全集』(人民文学出版社、2015年)が出版されている。こうした資料集成が進んだ現在、次なる課題は資料の質である。惲寿平や王翬は名声が極めて高く、現存作が明らかに過多であるため、当然その資料性が大きな課題となり、網羅的参照はかえって偽情報の率を高める懸念がある。在世中から贋作を作られ続けた彼らの場合、清朝の著録も不用意に信じるわけにはいかない。今後は資料の裾野の広がりを念頭に置きつつ、改めて良質な作品に基づく様式観を築いていく必要がある。そこで、本研究では惲寿平の作品複数点の調査を行い、特に質が高いと思われる山水画、「花隖夕陽図巻」(重要文化財、京都国立博物館)〔図1〕に注目した。以下、観察所見をもとに本作の特質や位置を論じ、四王呉惲における惲寿平の役割について―436――436―
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