(2)観察所見─状態(3)観察所見―技法考察する。2、惲寿平「花隖夕陽図巻」(1)概観と基礎情報惲寿平「花隖夕陽図巻」は、縦24.2×横106.1センチメートルの画巻で、穏やかな夕陽が照らす春の江南水郷を描いている。画面は右上から左下への対角線上の水景によって大きく前後景に分かたれる。冒頭は葦の茂みと土坡に始まり、水鳥の遊ぶ川を挟んで、三軒の水榭と三本の葉を赤らめた樹のある近景土坡に続く。その後に画中の主役とも言うべき三株の柳が大写され、合間に背の低い桃花と無人の舟をおき、再び葦の茂みに至る。対岸の山は右上方向に重なるよう山体を構成し、麓の小樹から山頂まで連続的な点描を施す。巻末には汀と遠山を連ね、上に題記を付す。題によると康熙10年(1671)、同郷の収蔵家・唐宇昭(1602~72)のもとで見た北宋の恵崇の画を追憶し、荘囘生(1627~79)へ贈ったものだという(注5)。篆書の題箋があり(注6)、巻末下部に貝墉と陳驥徳の鑑蔵印が捺されるが、それ以外の題跋等は残っていない(注7)。羅振玉が1911年に京都で開いた展覧会で日本に渡り(注8)、『国華』268号(1912)で紹介され、上野理一の収蔵を経て京都国立博物館に帰し、昭和38年(1963)に現在の表装に改められた。紙は水を吸いづらく加工され、墨色や彩色も淡く、こすれによる剥落が生じやすかったと考えられる。そのため自然な経年劣化の痕跡として、全体の黒ずみのほか、墨線の途切れや彩色の剥落が確認される。本紙の欠失もあり、画にかかるところでは近景土坡の右上部から上端にかけての欠損〔図2〕、主山の右側の「し」の字型の欠損〔図3〕が認められる。現在は補彩されているが、周囲に比べ青みが強く、皴や点苔の筆勢が鈍くなっている。この箇所を確認することで、本来の鋭く迷いのない筆意も知ることができる。巻頭、まず目を引くのは土坡の手前の葦〔図4〕である。濃墨・淡墨・藍・代赭を使い分け、手前は濃墨、奥は藍と淡墨で示し、この箇所だけでも奥行きが表現されている。一本一本の茎と葉の形状には植物の描写としての合理性が認められる。土坡の小樹〔図5〕はリズミカルな筆致だが、幹と葉を区別する意識もみられる。―437――437―
元のページ ../index.html#447