柳」の下に「在」を補った。)⒂一例を引く。「邗上遇于子伊声有贈。邗関霽寒雨、之子渡江来。道旁忽相呼、対我懐抱開。新烟動隋柳、残雪散江梅。為君発枯桐、春風淒鳳媒。」(『甌香館集』巻5)⒃「王晋卿画楊柳楼閣極精工、柳用大緑塗染、後用汁緑開細葉、極鮮麗。」(『甌香館集』巻11)⒄拙稿「董其昌筆「秋興八景図冊」の倣古意識と南北二宗論」(『美術史』71号、2021年)。⒅「画有点苔者、有無点苔者、苔為草痕石迹、或亦非石非草、卻似有此一片、便応有此一点。」(『甌香館集』巻11)⒆凌利中「従恵崇到趙大年 「恵崇小景」及《江南春図卷》考」(『翰墨薈萃 細読美国蔵中国五代宋元書画珍品』上海博物館、2012年)、塚本麿充「二つの趙令穣-「秋塘図」「湖荘清夏図巻」とその受容史について」(同『北宋絵画史の成立』中央公論美術出版、2016年)。⒇戸田禎佑「花鳥画における江南的なもの」(『中国の花鳥画と日本』学習研究社、1983年)は、小景画の流れの末尾に惲寿平と「花隖夕陽図巻」を位置づけている。拙稿「[鑑蔵品研究]明末清初の松江派の消長と蔣藹「倣董源山水図」」(『古文化研究』22号、2023年)もこの問題を扱った。「竹外桃花三両枝、春江水暖鴨先知。縷蒿満地蘆芽短、正是河豚欲上時。」(蘇軾「恵崇春江暁景」)「題紅林秋浦。只愛菱州蟹舎辺、千林紅葉一谿煙。夕陽柳岸収漁網、秋水蘆花放鴨船。」(『甌香館集』巻1)、「西谿草堂、蓋周太史帰隠処也。群峰奔会、帯以蒲谿、茭蘆激波、檉柳夾岸、散碧連翠、水烟忽生、漁網相錯。予曽従太史、擊楫而弄澄明、縦観魚鳥、有濠梁之楽。真一幅恵崇江南春図也。」(『甌香館集』巻11)三者に唐宇昭を加えた交友関係については趙国英「亘古無双 王翬与惲寿平、唐宇昭、笪重光之間的交遊」(『中国書画』2008年10期)。「写生家以没骨花為最勝。自僧繇創製山水、灼如天孫雲錦、非復人間機杼所能彷彿。北宋徐氏、斟酌古法、定宗僧繇、全用五彩、伝染而成。一時黄筌父子、皆為俯首。」(『甌香館集』巻11)戸田1983(前掲注⒇)、小川裕充『臥遊 中国山水画─その世界』(中央公論美術出版、2008年)、西上2012(前掲注⑺)。恵崇をとり上げて王翬画を論じたものに次の文献がある。「王山人山荘早春図。昔恵崇、郭熙皆有早春図、称為人間名迹。烏目山人此巻、雖宗輞川、略兼恵崇遺法、嵐容樹色、雲影川光、一点一払、皆帯早春風気。至於設色之巧、極為浅澹、愈浅澹而愈見沈深、見其沈深、而不知以空霊淡蕩出之也。若用色渲染、一入渾厚、則非早春景色。惟澹極而沈深、蓋能運其神気於人所不見之地、其経営苦心、至此無餘憾矣。」(『甌香館集』巻3)「柳外叢篁声細細、竹間楊葉影糸糸。瑶風不散神霊雨、如在清都宴坐時。」(王翬「水竹幽居図巻」惲寿平題)。本作については謝暁婷「清王翬《水竹幽居図》巻賞析」(蘇州博物館編『清代蘇州顧氏的収蔵』訳林出版社、2016年)。拙稿「董其昌の北京滞在と燕呉八景図冊」(『美術史論叢』38号、2022年)。―443――443―
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