鹿島美術研究様 年報第40号別冊(2023)
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㊸ ルネサンスのモノクローム木彫像─「対ペスト」像としてのファイト・シュトース作《聖ロクス》を中心に─「木の奇蹟」─ファイト・シュトース作《聖ロクス》研 究 者:弘前大学 教育学部 准教授  出   佳奈子フィレンツェ、サンティッシマ・アヌンツィアータ聖堂の《聖ロクス》(1510-20年頃)〔図1〕は、15世紀後半に登場するいわゆるモノクロームの木彫像を代表する作品である。モノクロームの木彫像とは、おもにシナ材を彫ったもので、一般に彩色を施して仕上げられていた中世以来のヨーロッパの木彫像に対して、木材の木肌を隠さず、その木肌を強調するかのような褐色塗料の施されたもので、目や唇などの一部に彩色をともなう場合もある(注1)。《聖ロクス》もまたシナ材でできており、全体をやや暗く赤みがかった茶色の塗料で覆われている。高さ170cmのほぼ等身大のこの丸彫りの像は、的確に捉えられた骨格や肉付きの表現に対して毛髪や髭、皮膚表面の皺を繊細に刻み、そしてまた、その身体を覆う衣服やマントが、深く折り畳まれた幾重もの皺を深く細かく刻みながら、おおらかに下降してくるさまをとらえ、彫刻家の卓越した技巧を観者の目に焼き付ける。この種のシナ材の彫像は15世紀後半の南ドイツで登場し、同地域を中心に16世紀半ばすぎまでに流布していった。この作品は、15世紀後半から16世紀前半にかけてニュルンベルクを中心に活躍した彫刻家ファイト・シュトースに帰属されている(注2)。ドイツではなくフィレンツェにあるこの聖人像を、モノクローム木彫像の代表作の一つとして広く知らしめたのは、『列伝』の著者ヴァザーリであった。その冒頭の技法論第14章は木彫の説明にあてられている。彼はそこで、あらゆる木材のうちでもっとも彫刻に適しているのはシナの木であると述べたのち、サクラやセンダンの実の種になされたきわめて細やかな沈み彫りに言及し、このようなタイプの彫刻に秀でているのはドイツ人であるとして、その繊細かつ忍耐力を要する技巧を称賛した。そして、外国人はイタリア人ほどに完璧な「素描(ディゼーニョ)」を構想することはできないが、驚くほどに微細な作業を行うと述べ、《聖ロクス》を引き合いに出すのである。「(このような繊細さは)フランスの職人ジャンニの手になる作品に、否言い換えるならば木の奇跡に見ることができる」(注3)。ヴァザーリによれば、このジャンニなる人物はフィレンツェの地で「ディゼーニョ」を学びつつ、巧みな彫刻の技術をもって、彩色や絵付けをともなわずに木そのものの色で仕上げられた美しく純粋な像を彫った。すでに述べたように、今日この《聖ロクス》はファイト・シュトスの作品とみなされ、彼が工房を構え―472――472―

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