かけ、彼らを鼓舞しているように思われる。また、「支配者たちよ、わたしはあなたたちに言う。知恵を学び、職務にもとることがないように」(「知恵の書」6,9)とある。特権階級の若者は天井を見上げ、知者・公正者としてエルサレムの平和と繁栄を維持したソロモンに倣って知恵を得、向かいの統領宮で政府の高位の役職に就き、内政や外交で力を発揮しようと奮起して勉強したと思われる(注38)。5─2 聖書の「知恵文学」 恋人、花嫁としての知恵次に知恵の恋人、花嫁としての側面を見てみたい。これまでティツィアーノの知恵の擬人像が花嫁と結びつけられたことは全くなかった。「知恵の書」第8章「知恵に対するソロモンの愛」には以下のような記述がある。「わたしは若いころから知恵を愛し、求めてきた。わたしの花嫁にしようと願い、また、そのとりこになった」(8,2)、「わたしは、知恵と一緒に暮らそうと考えた」(8,9)、「わが家に戻れば知恵のおかげでくつろげる。知恵とともにある生活には苦労がない。それどころか満足と喜びが味わえる」(8,16)、「知恵と縁を結べば死を免れ、知恵と交わす愛には優れた楽しみがあり…また知恵と語り合うことこそ賢明であり、知恵と言葉を交わすことこそ名誉であると。そこでわたしは、知恵をわがものにしようと巡り歩いた」(8,18)。また「箴言」によれば「わたし〔知恵〕を愛する人をわたしも愛し、わたしを探し求める人はわたしを見いだす」(8,17)、「知恵を獲得せよ……彼女はあなたを見守ってくれる。知恵をふところに抱け、彼女はあなたを高めてくれる……彼女はあなたに名誉を与えてくれる。あなたの頭に優雅な冠を戴かせ、栄冠となってあなたを飾る」(「箴言」4,5-9)。ティツィアーノは官能的な女性を描くことを得意とした。ここで本作品〔図9〕を再度よく見てみると、知恵の擬人像は赤と白の衣服を身につけている。ティツィアーノ《聖愛と俗愛》〔図11〕や《扇子を持つ女性》〔図12〕、ロレンツォ・ロット《マルシリオ・カソッティ氏と彼の花嫁ファウスティーナ》〔図13〕が示すように、赤と白は当時の花嫁衣装の色であった。知恵の女性像は白い薄衣を纏っているが、当時のヴェネツィアの許嫁を花の女神として寓意的に表したティツィアーノ《フローラ》〔図14〕のように(注39)、胸元が大きく開き左胸が露わになっている。さらに知恵の擬人像の場合は、薄衣が上半身にはりついて形のよい右乳房と両乳首がくっきりと浮かび上がっている。腹部も透けて見える。赤い衣の裾からは素足を覗かせている〔図9〕。その姿態は肉感的で艶めかしい。本寓意画と《鏡を見るウェヌス》〔図15〕との類似はすでに指摘されてきた(注40)。この絵ではウェヌスとして表された新妻がベッドに腰かけ、クピドが支え持つ鏡に映った自分の姿を見つめている。もう一人の―39――39―
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