鹿島美術研究様 年報第40号別冊(2023)
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注⑴サン・マルコ図書館に関する基本文献は、M. Zorzi, La Libreria di San Marco: libri, lettori, ⑵ベッサリオン枢機卿がヴェネツィア共和国に寄贈した写本は、Bessarione e lʼumanesimo, a cura ⑶ヴェネツィアの歴史は、中平希『ヴェネツィアの歴史』、創元社、2018年。⑷サンソヴィーノが設計したマルチアーナ図書館は、M. Morresi, Jacopo Sansovino, Milano, 2000, ⑸ゾルツィは考案者をサン・マルコ財務官ヴェットール・グリマーニとフェデリーコ・バドエルが創設したアカデミア・デッラ・ファーマとする(Zorzi, op. cit, p. 143.)。⑹紙面の都合上言及しないが、大階段と図書室の天井装飾プログラムに関する最近の研究は、J.M. Broderick, “Custodian of Wisdom: the Marciana Reading Room and the Transcendent Knowledege of God”, Studi veneziani, n.s. 73(2016), 2017, pp. 15-94; Id., “Ascent to Wisdom: the Marciana Staircase and the Patrician Ideal”, Studi veneziani, n.s. 77, 2018(2019), pp. 15-società nella Venezia dei Dogi, Milano, 1987.di G. Fiaccadori, Napoli, 1994.pp. 191-211.のではないか。また、本作品が八角形なのは、この知恵の特質と前述の八角形の持つ意味が一致するからだろう。イルージョニスティックな建築により、知恵の擬人像は遠方の天空に浮かんでいるように見える。彼女の顔は当初正面を向いていたが(注45)、完成作では真横を向いている。ティツィアーノが描く女性像の大半は4分の3正面で、プロフィールは極めて稀である。真横向きへの変更は、知恵の擬人像に気品と威厳を付与するためであろう。彼女は鏡に映った自分の姿を見つめ、下方にいる観者と目を合わせていない。その額は光輝き知性的である。一見するとクアドラトゥーラと横顔のため、知恵に近づくのは困難に見える。だが彼女はクアドロ・リポルタートで画面の最前景に置かれ、堂々とした姿で眼前に顕現している。前述のように知恵は人間のたゆみない努力によって手に入れることができる。画家はこのことを表すために本作品をクアドロ・リポルタートにしたのではないか。むすび以上、図書館の玄関ホールの天井に描かれた蔓が取り巻く円柱とその入口に配置された捻じれ柱、旧約の知恵文学における知恵の教師や花嫁としての描写と作品表現との関連、クアドラトゥーラとクアドロ・リポルタートの組み合わせから、本作品の女性像が知恵の擬人像であり、タイトルも「知恵」であることを示した。また本作品が八角形である理由を知恵の持つ特性から考察した。これらを確認して本論の結びとしたい。―41――41―

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