① シュルレアリスムにおけるモードの表象とその親和性研 究 者:東京都庭園美術館 学芸員 神 保 京 子はじめに1924年、アンドレ・ブルトンを中心としてその活動の開幕が宣言された20世紀最大の芸術運動であるシュルレアリスムにおいて、彼らに影響を与えたロートレアモンによる句「解剖台の上のミシンと蝙蝠傘の偶然の出会いのように美しい」を発端として、シュルレアリストたちの表現の表出には、ミシンという言葉が示唆するように「裁縫」と関連づけられ、ファッションの世界を想起させるイマージュが頻出する。一方、シュルレアリスムの隆盛期と重なるように数多くのポスターを手掛け頭角を現した同時代の表現者、A.M.カッサンドルは、必ずしもシュルレアリスム運動の本流の中で活動した作家ではなかったが、シュルレアリストらと交流を持ち一部にその影響がみられる作家であり、その傾向は特に、1930年代後半期に手掛けられた「ハーパース・バザー」誌への一連のイラストレーションの中に顕著に認められるものである。手掛けられた表紙には、裁縫バサミや糸巻き、裁縫針など、裁縫を巡る洋裁道具としての具体的なイマージュが即物的に引用されており、その一種擬人化されたオブジェへのアプローチは、シュルレアリストたちの物質への認識と多分に重なり合うものであった。同時代におけるこのような表現の描出は、シュルレアリスムの概念そのものと、モード的イマージュとの親和性ゆえの表れだったのではないか。本稿では、シュルレアリスム運動とその概念への視点を素地として、シュルレアリスムにおけるファッションの表象とその親和性を、具体的用例を見ながら検証することとする(注1)。1.裁縫とオートマティスム─機械化、近代化の象徴としてのミシンファッション、あるいはモードを生み出す営為の源には、裁縫という根幹的な所作が存在している。裁縫とは、生地を裁断し、これを縫い合わせて衣服を仕立てるという一連の手仕事を指し、その行為にはハサミ、糸、縫い針と待ち針、指ぬき、メジャー、アイロンといった洋裁道具や、その手作業を支援するためのミシンという機械の介入がある。このような裁縫に纏わるモティーフの視覚的要素は、シュルレアリスムにおける重要な場面において度々引用されてきた。例えばマン・レイによる《贈り物》(1921年)は、洋裁の必須アイテムであるアイロンの底に釘が一列に穿たれた初期の―502――502―2.2021年度助成
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