鹿島美術研究様 年報第40号別冊(2023)
513/604

代表作であるダダ的オブジェであり、シュルレアリスムの常套手段であるデペイズマンの意味合いを内包するものである。シュルレアリスムに影響を与えた詩人ロートレアモンによる『マルドロールの歌』に収録されているかの句、「解剖台の上のミシンと蝙蝠傘の偶然の出会いのように美しい」は、デペイズマンの思想を反映する一節としてその後シュルレアリスムにおける象徴句となったが、本句にはミシンがその重要な要素として登場する。マン・レイによる同名の作品〔図1〕は、本一節を視覚化したものであった。さらに、ロートレアモンの本名をタイトルに引用した《イシドール・デュカスの謎》〔図2〕もまた同句にインスピレーションを得て制作されているが、布に覆われた謎のオブジェの中にはミシンが仕込まれていた。本作は、『シュルレアリスム革命』誌創刊号の「序文」に唯一挿入された写真図版として掲載されていたことでも強固な印象を放っている。シュルレアリスム運動の開幕に伴い活動の発信源として刊行された同機関誌の冒頭に掲げられたのは、布で隠されたミシンだったのである。さらにジョセフ・コーネルはマックス・エルンストのコラージュ・ロマンを連想させるようなコラージュ作品〔図3〕においてミシンを登場させており、本作もまたシュルレアリスムの文脈において特異な暗示性を感じさせる印象深い作例である。実際両親が仕立て屋であったマン・レイにとって、ミシンとは身近な存在であった。またコーネルは30年代、ニューヨークのテキスタイル・スタジオでデザイナーとして勤めており、彼もまた被服に近しい職業に従事していたことになる。洋裁に纏わるイマージュのなかでも個人的な繋がりが感じられるミシンは、身近な存在でありながら洋裁道具として精巧な仕掛けを内包するとともに、想像力を掻き立てる装飾性を帯び、作家たちにとっては魅惑的な表現素材となり得たに相違ない。それと同時に、ミシンの機能である自動的な連続運動には、シュルレアリスムの概念に通底する要素が感じられる。1919年、アンドレ・ブルトンやフィリップ・スーポーらによって試みられた自動記述法(écriture automatique)は、意識を解放し、理性や既成概念にとらわれず無意識下の状態に近づこうとした、初期のシュルレアリスム運動における重要な取り組みであった。それは意識の介入を遠ざけるために文章を書く速度を速めてゆくことによって無意識の状態を招き、意外性に満ちた表現の表出を目指そうとする試みだった。速度を早めることも減速することもできるミシンの機能、そして幾重にも繰り返される機オートマティック械的なリズムによって引き起こされる運針の所作の連なりは、反復する行為の持続によって意識を一種の宙吊り状態へと至らせ、自オートマティック動的に加速されてゆく循環のなかで無意識の瞬間を生み出してゆく。それはオートマティスムの体質を孕む、裁縫―503――503―

元のページ  ../index.html#513

このブックを見る