① 中世から近世に至る日本と中国における山水画の比較研究─源豊宗の美術史学を踏まえて─研 究 者:長崎歴史文化博物館 研究員 施 燕日本美術史家の源豊宗(1895-2001)は日本美術史上における各時代を論じた上で、日本美術の特質を貫いて流れるものの象徴を秋草だと提唱し、日本美術の独自性を強調した。その理念は学会をはじめとして、世間一般に向けて広く発信された。後にこの思想は哲学者の上山春平(1921-2012)がつけた「秋草の美学」という呼称で広がることになる。やまと絵は藤原時代の《源氏物語絵巻》をはじめ、室町時代に宋元絵画の影響を受けながら、幾つかの紆余曲折をへて、近世に宗達や光琳を代表者とする琳派によって継承され、やがて現代にまでつながった日本美術の特色である、というのが源の提唱する「秋草の美学」の基本的理念である。源によれば、絵画における日本的本質はやまと絵的本質ともいい、情趣主義ともいう。具体的には情趣性、平明性、装飾性を特色として反映する。そういった特色は秋草に象徴づけられる。また、「秋草の美術、それはたしかに世界美術において、日本のみが占めている独自の表現世界である」と主張されるように、「秋草の美学」というのはつまるところ、日本絵画の独自性を強調する概念だといってよい。しかし、あらゆる面で密な関係にある日本と中国は、絵画においては果たして源の言うように異質なものであろうか。本研究では、15世紀から16世紀にいたる日本と中国の山水画に着目し、中でも特に初期狩野派とその周辺で制作された山水画と中国明時代の浙派の山水画に注目したい。日本の山水画の発展は鎌倉時代に受容された宋元絵画にそのルーツを遡るが、それに明の絵画の摂取を加え、やがて狩野元信によって一種の型、いわゆる日本化を完成させ、以降は日本独自の展開を遂げるようになったというわけである。その作風は、硬質な線描と皴法で描かれているにもかかわらず、中国の山水画と比べれば平明で、装飾性に富む。一方、同じく馬遠、夏珪の作品にルーツをもつ浙派の作品は、元時代の作風を経て、宋の合理的な、深奥な空間感覚を無くし、平面化、パターン化される傾向が見られる。すなわち、狩野派と浙派の両者に一種の似通った特質が存在するわけであるが、そこに源が主張する中国絵画と異なる日本の独自性と関連するものについて考察を試みる。―521――521―3.2020年度助成
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