〔図8〕。《山水人物図》と元信の《真山水図》にもその類似性が見出せる。一方、山の方をみると、《山水人物図》の画面左側の滝の前面にある山は先述した正信の《山水図》と元信の《真山水図》の山と共通してやや斜めに出っ張っている。《山水人物図》における山は王諤の《春景山水図》(林原美術館)や《山水図》(東京国立博物館)にも登場しているので、王諤の作品とその影響を受けて制作された作品においては典型的なモティーフといえる。日本人との交流がある浙派画家として知られる王諤について、正信周辺の制作と推測される(伝)周文《四季山水図屛風》(兵庫・太山寺蔵)右隻には、王諤《春景山水図》(東京国立博物館蔵)に見える縦長の菱形のような形態の主山が登場していると日本の山水画における受容例はすでに指摘されている(注5)。そのほか、たとえば啓孫(生没年不詳)筆《山水図》(栃木県立博物館)も王諤の《春景山水図》の山と近似性のある作品として挙げられる。啓孫は16世紀後半に活躍した禅僧で絵師の賢江祥啓(生没年不詳)の次世代に活躍したと想定された絵師であるが、啓孫の《山水図》〔図9〕は祥啓の《春景山水図》(神奈川県立歴史博物館)〔図10〕と比べると、岸辺に沿う道の上に迫り出す岩山とその下に水上に張り出す水亭、そして遠景に靄がかった樹木、画面の奥から手前に伸びる陸地など、両者の構図はかなり近似している。ただ、啓孫はこれほど祥啓の《春景山水図》に似ている《山水図》を描いたにもかかわらず、画面の上部には祥啓の《春景山水図》にない王諤風の山を配している。確かに、祥啓の次世代の啓孫なら、王諤など浙派画家の作品を目にすることも不可能ではない。この斜めに突き出る山によって自然の雄大さが強調されているが、同時に一種の不安定さが画面にもたらされ、祥啓の《春景山水図》における静謐的な風景と対照的に、迫力のあるダイナミックな画面となる。馬遠、夏珪などの南宋時代の絵画では斜めに傾く岩などを前景に配置することは多いが、遠景として斜めに突き出る山を描く先例は13世紀前半に活動した葉肖巌の《西湖十景》以外はほとんど見られない。つまり、この種の山は浙派の絵画の特徴的なモティーフの一つといえよう。この意味では、この形の山は15から16世紀における日本の山水画と浙派絵画との関係性を示す重要な要素であるかもしれない。同じ傾向は王諤の画風と近似性のあるもうひとりの浙派画家鐘礼(約15世紀後半に活躍)の作品にも見て取れる。鐘礼筆とされる《寒巖積雪図》(台北故宮博物院)は雪景色を背景に、文人同士が歓談するシーンが描かれ、前景の柳の木や中景にある松、そして遠景の縹渺とした樹影などは南宋院体画の要素が生かされているが、画面の左側に斜めから突如と現われてくる険しい山によって、南宋の院体山水にはない奇抜さ―524――524―
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