鹿島美術研究様 年報第40号別冊(2023)
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馬遠款鐘礼筆の《高士観瀑図》(プリンストン美術館)は輪郭線のみで形取った遠山を背景に、高所から勢いよく流れ落ちる滝とその前を横切るかのような松樹が描かれ、その斜め下には一人の高士が滝を見上げている〔図14〕。対角線構図は馬遠、夏珪からの継承であるが、画面上部の滝付近の岩の曖昧な形や松樹の大胆な造形などは浙派絵画の画風をよく示している。滝つぼの手前にある岩の質感は前述の鐘礼の画風に通じる《魏徴奉使図》のそれに近い。観瀑図は宋元の絵画にもよく見られる画題で、先行する作品に馬遠筆とされる《仙侶観瀑図》(台北故宮博物院)が同じ構成要素である。どこかの高所の平地で二人の仙人が前方にある大きな滝を見ながら談笑しているところに、さらに一人の仙人が鶴を連れて二人の談笑に加わる場面が描かれている〔図15〕。濃い墨で描かれた前景の岩と松樹に対照に、遠方の岩や樹木などは薄墨で描かれている。それらによって滝の水気がもたらした湿潤な空気感と奥行き感がよく表現されている。人物へ視線を誘導する前景の巨大な岩など、山水画でありながら、物語感を前面に感じさせるモティーフの配置はいささか浙派絵画の画風が感じられるが、自然な奥行きや丁寧な筆致は馬遠の作風をよく表している。一方、構図の面では、《高士観瀑図》は《仙侶観瀑図》で岩と松樹と反対側に配置された滝を逆方向に配置し、それに伴って、人物は反対側に配置するように再構成している。こうした構図をした同時代の日本絵画は元信印の《瀑布図》(大和文華館)が挙げられるが、《瀑布図》の方では背景となる遠山と滝を見る人物は省略し、岩などもより平面化され、全体的により単純な構図となっている〔図16〕。しかし、やはり対角線構図でありながらもモティーフをよりダイナミックに配置するところや松樹の荒々しい表現は浙派の画風にも通じる要素が見て取れる。また、《瀑布図》を反転したような構図の伝元信《大瀧図》(野村美術館)〔図17〕は、モティーフの形態や構図は《瀑布図》とほぼ同じであるが、いわゆる行の筆致で描かれた《瀑布図》と違って、《大瀧図》の方は真体である。一方、《大瀧図》の滝つぼにある岩の形や配置のしかたは鐘礼の《高士観瀑図》から取材したかのように思われるほど近似している。ただ、触手のような水しぶきの表現は全体的に《高士観瀑図》より意匠性、装飾性に富む。日本の観瀑図で先行する作品として《李白観瀑図》(個人蔵)が挙げられる。《李白観瀑図》は賛者である惟肖得巌(1360~1437)の没年から、永享9年(1437)の制作を下限とされ、日本現存する中で最も古い観瀑図である(注9)。対角線の片側へモティーフを寄せた辺角構図、肘をついて斜め上方を眺める人物の姿勢などには、当時舶載された中国絵画の影響が色濃く表れている〔図18〕。制作年代から鐘礼筆《高士観瀑図》より先行しているが、山石と松樹、滝や水流、人物などの配し方は《高士観―526――526―

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