なった。この種の磁器に対する需要の高まりは、西アジア各地における模倣品制作の契機となった。本稿では、15世紀から19世紀にかけて、イランで制作されたと考えられる、色彩・文様・器形の上で多かれ少なかれ中国製の青花の影響を受けている種の陶器を、イラン製倣青花陶器と定義する。イラン製倣青花陶器は、粉砕した石英に少量のフリット・ガラスと粘土を人工的に混合することによって得られる硬質な灰白色の胎土の上に、藍色を呈するコバルトを主とする鉱物由来の顔料を下絵付し、その上から無色透明のアルカリ釉をかけ、焼成する、という手順で作られた釉下彩underglazeの焼き物である。この種の陶器は、これまでの先行研究では、色彩・文様・器形の上で中国製の青花をどの程度参照しているのか、という点に特化して論じられる傾向にあった(注7)。問題とされるイラン製倣青花陶器はいずれも、愛知県名古屋市在住の眼科医・西垣千代子氏によって収集され、2013年度の時点で愛知県陶磁美術館に寄贈された作品である。また、その所蔵番号はそれぞれ、5795(注8)と5796(注9)である。本稿では、技法・色彩・文様・器形に基づき、前者を〈釉下藍黒彩掻落鹿文皿〉、後者を〈釉下藍黒彩花卉文皿〉と呼ぶこととする。本稿の目的は、これらの作品の有するペルシア語銘文を手がかりに、これまでのイスラーム陶史研究においては看過されてきた、陶工の語彙・韻文リテラシーや、陶器の注文主の社会的地位といった問題に光を当てることである。Ⅱ-1.〈釉下藍黒彩掻落鹿文皿〉(ヒジュラ暦1088/1677-78年、イラン製)〈釉下藍黒彩掻落鹿文皿〉(作品番号:5795)は、灰白色(10YR 8/2)の胎土を有し、水平方向に屈曲した縁を持つ口径26.5cmの陶製の皿である。本作品の裏面底部には、中国製の青花の裏側に施された銘を模倣したと見られる文様が施されている。また、底部から口縁部にかけての部分は、6つのパネルによって放射状に分割され、それぞれに早い筆致の草花文が配されている〔図1〕。他方、本作品の表面の見込み部分には、山水を背景に、1匹の鹿が描かれている。注目すべきは、口縁部近くに、時計回りで、黒彩の上から線刻されたペルシア語の銘文である〔図2〕。筆者が知る限り、この銘文の解読・訳出はこれまで試みられていない。8つの枠は、それぞれ、以下のような銘文が線刻されている。―551――551―īn qāb hamīshah pur zi / niʿmat bādā dāʾim ba-miyā /
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