鹿島美術研究様 年報第40号別冊(2023)
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考える上で、同時代文献史料の記述を裏付ける貴重な物質資料であると言えよう。Ⅱ-2. 〈釉下藍黒彩花卉文皿〉(ヒジュラ暦1281/1864-65年、イラン製)〈釉下藍黒彩花卉文皿〉(作品番号:5796)は、胴部で外側に屈曲した縁を持つ口径34.0cmの陶製ないし半磁(?)の皿である。本作品の裏面底部には、との銘文が黒彩され、その周りには同心円状に複数の円が配されている。また、外側に屈曲した部分から口縁部にかけての部分は、17つのパネルによって放射状に分割され、口縁部近くは花弁のように縁取られている〔図5〕。他方、本作品の表面の見込み部分には、藍彩によって、中国製の青花に描かれるそれとは大きく異なる草花が描かれている。特筆すべきは、口縁部近くの、時計回りで黒彩された以下のペルシア語の銘文である〔図6〕(注12)。注文主であるイスマーイール・ミールザーの名は、19世紀に編纂された地方史『カーシャーン史』の中に見出すことができる。同書によれば、この人物はイラン中部の都市・カーシャーンの第46代目の支配者に相当する(注13)。同都市は、アフシャール朝君主ナーディル・シャー(在位1736-47年)の治世以降、周辺のイスファハーンやクムといった有力都市の翼下を脱し、独立した支配者の下で統治されるようになったという(注14)。〈釉下藍黒彩花卉文皿〉は、底部に「アリー作[ヒジュラ暦]1287年[=1870-71年]ʿamal-i ʿAlī /1281アリー作、[ヒジュラ暦]1281年[=1864-65年]farmāyish-i navvāb-i mustaṭāb amjad /ashraf arfaʿ Amīr Ismāʿīl Mīrzā / ḥukm-rān-i dār al-mūʿminīn-i Kāshān dām-i majda-hu /信徒たちの棲家たるカーシャーンの支配者であり、最も光栄ある、最も尊敬すべき、最も気高く、卓越した太守(navvāb)であるところのアミール・イスマーイール・ミールザー─ネガワクハ彼ノ栄誉ガ長カランコトヲ─の命令[によって]―553――553―

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