鹿島美術研究様 年報第40号別冊(2023)
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れていく。なおフォンテーヌブロー宮殿本など遣欧使節持参の掛幅群は、前例とした狩野董川中信筆「富士飛鶴図」(静岡県富士山世界遺産センター蔵)のような遣米使節持参の掛幅と同様、金蒔絵による軸先と金襴による表装の裂地を備え、破格の豪華さを示している。フォンテーヌブロー宮殿では、これら表装部分についても詳しく調査を行った。その結果、「桜に滝図」の宝尽くし文様の軸先が富士山世界遺産センターの「富士飛鶴図」のそれと同じデザインであること(注9)が確認でき、遣欧使節持参の掛幅群が表装においても遣米使節の前例を踏襲していることが確認できた。もっとも両者を比較してみると、精緻を極めた富士山世界遺産センター本の蒔絵に対しフォンテーヌブロー宮殿本はやや生硬であり、幕府細工所が請け負った遣欧使節持参掛幅群の表装がシステマティックに大量生産されたことが想像された。フォンテーヌブロー宮殿での調査の成果は、2023年3月発行の『國華』第1529号掲載の論文「万延元年のディプロマティック・ギフト」にも反映させた。なおフランスでは、ヨーロッパ各地で遣欧使節持参品を中心とする幕末期外交的贈答品の調査研究を進めるエステル・ボエール氏とも情報交換をする機会をもった。4 大英博物館大英博物館では、明治期に“お雇い外国人”として来日し、同館日本美術コレクションの核となる作品群を形成したウィリアム・アンダーソン収集品を中心とする富士山絵画を調査した。調査対象は永珉高保筆「富岳真図」、鈴木南嶺筆「日本名所図巻」、高嵩渓筆「早苗富士図」、横山華山筆・藤波寛忠賛「二見浦富士図」、狩野董川中信・永悳立信ほか「竹林七賢図」である。うち永珉高保筆「富岳真図」は、寛政6年(1794)富士山登頂を果たした水戸藩士大場維景(玉泉)による登山図「富岳真図」の写本のひとつ。大場維景の登山記『富嶽遊記』とともに11代将軍徳川家斉の上覧を得た「富岳真図」は、いくつかの写本が作られたようで、伝来不明の無窮会文庫本(冊子)、水戸彰考館館員青山延彛が写し同家に伝わった西尾市岩瀬文庫本(冊子)、伝来不明の水戸市立博物館本(巻子)、松代藩主真田幸弘が寛政12年(1800)に写させ同家に伝来した静岡県富士山世界遺産センター本(巻子)、文政12年(1829)に「花雀翁」の需めにより「葉山」が写した個人本(現冊子、もと巻子)、旧幕臣の真田之則旧蔵で明治期に写された信州大学図書―561――561―

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