鹿島美術研究様 年報第40号別冊(2023)
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・1943年の《壁画》オールオーヴァーのポード絵画のそれは、その点では大きく異なるということは、意識され強調されなければならないだろう。そして、いっそう重要な問題として、ミロの〈星座〉のオールオーヴァーな構成は、非常に曲線的で入り組んではいるが、それは、ピカソの《鏡の前の少女》のような作品に典型的に表れているキュビスムのグリッドを根底で保持しており、その柔軟な一変形の次元のものであると言える。それゆえポロックは、ミロの〈星座〉に関して、その新しいイメージに魅了されながらも、同時に、キュビスムのグリッドの執拗な作用という点で、そこに自分として克服すべきミロの限界を見ていたのではないだろうか。1943年、ポロックはクラズナーの他にもう一人、彼にとって非常に重要な存在となる女性と知り合う。それは、画商ペギー・グッゲンハイムである。ポロックの《速記の人物》が〈今世紀の美術〉画廊での1943年の「若手芸術家の春のサロン」の審査に提出された時(審査員=ジェイムズ・スロール・ソビー、ジェイムズ・ジョンソン・スウィーニー、マルセル・デュシャン、ピート・モンドリアン、ペギー、ハワード・パッツェル)、ジミー・エルンストによれば、ペギーはポロックのその作品を、はじめはまったく評価していなかった。彼女は、審査のために《速記の人物》の前でその作品について独りずっと思案中のモンドリアンのところに来ると、「これは、しっちゃかめっちゃかね。修練というものがまったくないわ。色彩が所どころ濁ってるし」と、モンドリアンに言った。しかし、モンドリアンはその絵をじっと観続け、「これは、私がこれまでにアメリカで見てきた作品の中で、最も興味深いものだと思います」という結論に至る。このモンドリアンの肯定的な意見を受けて、ペギーの評価は一変した。その後アルフレッド・H・バー・ジュニアが画廊にやってくると、ペギーはポロックの《速記の人物》のところへバーを引っ張っていき、「見て。これは、なんてエキサイティングで新しいものなのでしょう!」とバーに言ったという(注8)。モンドリアンが《速記の人物》の具体的にどのような点を「興味深い」と感じたのかは伝えられていないので不明であるが、推測するに、その見た目「しっちゃかめっちゃか」な一枚の絵においてポロックが、アメリカの新しい世代の画家として、20世紀前半のモダンアートにおける最大の存在であるピカソの仕事の他、ミロのファンタスティックな自由さ、そしてマティスの洗練された調和を大胆に取り込もうとしているのを、モンドリアンは鋭敏に感じ取ったのではないだろうか。実際のところ《速記の人物》は、一枚の完成された絵としては、たとえば同年のポ―568――568―

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