ダム大学、ヤン・ジョンユン氏)と、ジャコビ准教授による「初期近代イタリアにおける建築、銀行業そして神学」が予定されていたが、ジャコビ准教授の急な体調不良により、最後の発表は残念ながらキャンセルとなった。その後、吉田朋子准教授(京都ノートルダム女子大学)の司会のもと、発表者を中心としたディスカッションが行われ、参加者からもコメントや質問が寄せられた。このコロキウムの狙いのひとつは、ウッドール教授の近著『1400-1750年頃のヨーロッパの芸術作品と文学における貨幣という重要な問題(Money Matters in European Artworks and Literature, c. 1400-1750)』(2022年)からの問題提起への応答である。ウッドール教授は2008年の金融危機に際して金銭(Money)の本質を再考するようになったと述べられ、その後、多くの研究セッションなどを通じて、美術と貨幣というテーマに取り組んでこられた。そして2008年当時からわずか十数年後とも言える現在もまた、電子マネーの一般化や暗号通貨の登場、さらにNFTの話題など、金銭・貨幣・通貨にまつわる概念が大きく揺らぎつつある時期だと言える。むろん、今回のコロキウムが主たる対象とするのは、従来的な通貨や、その類似品であるメダルである。しかし、硬貨の素材となる金属そのものの〈物質的価値〉や金銭流通システムを支える〈論理〉だけでなく、〈感性的な要素〉をも動員して人々の信用を勝ちとってきたと思われる「貨幣」の本質の把握や理解のために、近世以前の美術から出発し、「美術と貨幣」という観点から提供できる視座もまだ残されているように思われる。そこで本コロキウムでは、先述の通り内外の西洋美術史研究者から、それぞれの専門領域における個別事例研究を通じて、問題の考察に貢献できる内容を提供した。とくに第1部の発表はそうした機能を果たすものであった。今井教授の発表では、歴代のブルゴーニュ公が発行した貨幣の図像が検討され、それらや当時の肖像画との比較から、フィリップ善良公(Philippe le Bon; 1396-1467)が如何に貨幣上の表象イメージを通じて権力の顕示を行ったかが提示された。ティツィアーノ(Tiziano Vecellio; 1498/90-1576)の《硬貨を手にしたキリスト》を取り上げた大熊氏は、同作品をフェッラーラ公アルフォンソ・デステ(Alfonso dʼEste; 1476-1534)の貨幣コレクションとの関連から検討するとともに、フェッラーラで鋳造されたドッピオーネ硬貨の図像との比較を行い、さらには後にレオーネ・レオーニ(Leone Leoni; ca.1509-1590)が制作したティツィアーノの肖像メダルを挙げることで、付加価値の連鎖が起こっていく様子の一端を示しもした。平川教授は、マセイス(Quentin Massys; 1466-1530)の《両替商とその妻》に中国の銅鏡が描き込まれているということを指摘し―574――574―
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