鹿島美術研究様 年報第40号別冊(2023)
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コインとメダルのそれぞれにおいて、価値の表象や創出に関わるメカニズムがあるが、そこには重複も多くあり、ことによると両者の価値システムは相互依存的であるとすら言えるのかもしれない。貨幣の鋳造者(いわゆるミントマスター)とメダル製作者の社会史的な視点からの研究もいまだ十分とは言えず、コロキウムでの一連の発表や意見交換を通じて、この分野の研究における更なる論点が浮き彫りになったと言えるだろう。本コロキウムは、伝統的なモチーフ別の図像学的研究と捉えることもできるが、貨幣というそれ自体として複雑なシステムを有する社会の基本構造が考察対象となるためか、通常のモチーフ別の図像研究にもまして、事例研究の集積と比較が意義深い成果をもたらすように思われた。本コロキウムに基づく論集は、2023年度中にKyoto Studies in Art Historyの特集号として刊行する予定であるが、今回頂いた助成の意義をさらに高めるためにも、ディスカッションやその後の省察の結果も反映させ、国内外の研究者にとって参照の価値がある成果として取りまとめたい。本コロキウムや、それに先立って開催された辻佐保子記念講演会では、院生や若手も含め、多くの研究者がウッドール教授と意見を交わし、その真摯な研究姿勢や柔軟で親しみやすいお人柄に感銘を受けていたのが印象的であった。近世における黒人表象を今日の美術史研究が如何に論じるか、あるいは我々が日々用いる金銭の感性的な側面は、その価値体系に如何に関わっているのか。短い期間ながら、本助成により実現されたウッドール教授の招聘は、身近なところから美術史と関連する諸問題を掘り起こし誠実に考える姿勢を目の当たりにさせ、具体的な学術上の論点に加えて、多くの刺激を残してくれたと言えるだろう。末筆ながら、研究企画の意義を十全に汲み、推薦者となって下さった九州大学教授の井手誠之輔先生、短い準備期間にもかかわらず「美術と貨幣」という新しい切り口に見事に応答した研究報告を行ってくれたコロキウム発表者と、難しいトピックの司会を務めて下さったノートルダム女子大学の吉田朋子准教授、そして参加され議論にご参加下さった来聴者の方々に、この場を借りて篤く御礼申し上げます。―576――576―

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