鹿島美術研究様 年報第40号別冊(2023)
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する試みは偶然性の手法や自動化の作法を鍛え上げ、機械的なものへの憧れを一つの美学へと昇華させたが、生成AIの登場は我々の創造性の理解にどのような変化をもたらすのだろうか?その圧倒的な生産性や汎用性は芸術制作の未来にどのような可能性を切り開くのか?そして何より、テキストプロンプトに従って延々と生み出されるイメージに、一時の目新しさを超えた「面白さ」は宿るのか?表現者でもある両発表者が、発表中に次々と映し出される画像と共に投げかける問いはどれも率直かつ根本的なものであった。最終発表者ボヴィーノ氏による発表「『プラスティック・シティ』:「チャンス・イヴェント」(1996)での香港を通した偶然とコントロールの理論化(ʻPlastic Cityʼ: Theorising Chance and Control through Hong Kong at the Chance Event [1996])」では、1996年11月8日から11日にかけてアメリカ・ネバダ州プリムのホテルカジノ「ウイスキー・ピーツ(Whiskey Peteʼs)」で開催された「チャンス・イヴェント」(注4)、その参加アーティストでロサンゼルスを拠点に活動する香港出身のシャーリー・ツェー(Shirley Tse, 謝淑妮)によるレクチャー・パフォーマンス「ポスト・コロニアル的変異と人工性:香港をケース・スタディに(Post-colonial Mutation and Artificiality: Hong Kong a Case Study)」が取り上げられた。返還を翌年に控えた香港とネバダの遭遇、そして両地における植民地主義的・帝国主義的な資本の侵入と支配の歴史の重なりにヒントを得た氏は、「出遭い(encounter)」と暴力、解放という変化の欺瞞、システム化されたコントロールの戦略など、偶然とコントロールの関係性とその構造を再考するためのさまざまな手がかりを示してみせた。偶然の介入が果たす創造的役割の分析に加え、偶然のテーマを通して浮かび上がる現代社会の課題を見つめ直すこと。4本の研究発表のいずれもがその「好機」となったことは本セッションにとって幸運であり、セッションの終了予定時刻を過ぎても続いた全体ディスカッションでは、発表者と参加者の間で活発な意見交換がなされた。過去に報告者は、2017年のAAHの年次大会でもセッションの企画を行ったが、予定していた発表者の一人が諸事情により参加を見送ることとなり、調整作業に苦労した思い出がある。今回の準備にあたっては、未だ尾を引く新型コロナウイルスの影響やそれに伴う発表者のオンライン参加の可能性を考慮する必要にも迫られたが、幸いすべての発表者が現地に無事到着し対面での発表を終えることができた。今大会での経験を活かし、今後も国際会議での実りあるセッションの企画と遂行に取り組んでいきたい。―589――589―

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