鹿島美術研究様 年報第40号別冊(2023)
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⑥ ヴェンドラミン・スケッチ、通称〈月夜の合奏〉にみられる寓意的風俗画の特徴について研 究 者:東北大学 非常勤講師  森 田 優 子1.はじめにヴェネツィア貴族アンドレア・ヴェンドラミン(1565頃~1629年)の絵画コレクションにはスケッチ入りの目録が存在し、そのなかには現在では散逸した作品の記録も含まれ、重要な史料としてたびたび参照されている。この目録はおそらく将来的な売立てのために1627年に制作され、スケッチ総数155点の約三分の一に画家の名前が記されている。絵画目録についての研究は20世紀初頭に出版され、そこですべてのスケッチを確認できる(注1)。現存する作品とスケッチとの比較によって、模写がかなり正確であることも裏付けられている(注2)。この絵画目録の研究において、〈月夜の合奏〉と題された作品はとくに注目に値する〔図1〕(注3)。通称〈月夜の合奏〉は目録のなかでおそらく唯一の月夜を描いた作品であり、老女を取り上げている点でもほかの作品スケッチのモチーフと大きく異なっている。本稿ではこのスケッチの主題を考察することを目的とする。2.アンドレア・ヴェンドラミンの絵画蒐集:通称〈月夜の合奏〉についてスケッチにみられる老女の絵画的表現が、ヴェネツィアの画家ジョルジョーネ作《老女》にきわめてよく似ていることは、老女の容貌はもちろん、日常使いの頭巾や肩にかけたショールなどのモチーフからも見てとれる〔図2〕。蒐集家アンドレア・ヴェンドラミンは、ジョルジョーネ作《老女》や同画家の《テンペスタ》(どちらもアカデミア美術館所蔵)を所有していたガブリエル・ヴェンドラミン(1484~1552年)と同姓の氏族ではあるものの、遺産相続人ではなく、かれの蒐集品を受け継いではいない(注4)。とはいえジョルジョーネの作品にたいするアンドレアの強い関心は、ガブリエルと同様だったように見える。アンドレアの目録に表された蒐集品スケッチは、ヴェネツィア人画家ジョヴァンニ・ベッリーニ作〈救世主キリスト〉に始まり、次に同画家の〈聖母子〉が表される。三番目のスケッチには、カルロ・リドルフィが『絵画の驚異』(1648年出版)で言及した、ジョルジョーネ作〈ダヴィデに扮した画家の自画像〉が登場しており、それに続くようにジョルジョーネ作品が前半部分にまとめて描かれる(注5)。掲載の順番には宗教主題か否かも関係しているようだが、アンドレアがとくに重要と判断した作品が前半部に収められていると考えられる。〈月夜の合奏〉のスケッチは、画家―59――59―

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