名の記載こそないものの、ジョルジョーネやティツィアーノの作品に混じって、目録の前半部分におさめられている。残念ながら〈月夜の合奏〉のオリジナル作品は散逸したとみられ、油彩の模写作品のみが現存する〔図3〕。この模写はトスカナ大公子フェルディナンド・デ・メディチ(1663~1713年)の蒐集品であったことも判明しており、18世紀初頭の財産目録にはジョルジョーネ帰属作《三世代の寓意》(ピッティ宮殿所蔵)と並んで記載されている(注6)。模写作品とスケッチを比較してみると、各モチーフは詳細に写し取られているが、人物の容貌についてはスケッチとの作風の違いが大きい。とくに老女や黒人女性の顔が縦に引き伸ばされたように描かれているため、オリジナルから直接的に模写されたのではなく、ほかのヴァージョン作からの写しではないかと推測される。オリジナル作品が現存しない以上、作者を確定することはきわめて困難だが、蒐集家の好みや、ジョルジョーネからの影響をふまえ、作者の可能性を検討することは無益とは思われない。スケッチにあらわされた夜景への関心や、ジョルジョーネの影響が明らかである点を考慮すると、ジロラモ・サヴォルド(1480/85頃~1548年以降)が作者である可能性は無視できない(注7)。ただし、本稿においては〈月夜の合奏〉の主題の問題に限定し、この主題を詳細に検討することが作者にかんする議論にも寄与すると見込まれる。3.〈月夜の合奏〉の風刺的表現〈月夜の合奏〉は一見すると屋外の合奏場面のようにも見えるが、実際には老女は楽器を演奏しておらず、中央の男性が手にするのは楽器ではない(注8)。こうしたスケッチの細部について、ジョルジョーネ作品との類似は指摘されてきたものの、主題についてもこれまで詳細な考察は加えられておらず、検討の余地が残されている。そもそも合奏図といっても必ずしも演奏中の様子が表されるわけではなく、ただ楽器を手にした様子が描かれる場合や、調弦や休止中などさまざまな瞬間が取り上げられる。しかし〈月夜の合奏〉の場合、ほかの演奏場面と比較すると老女の右手はあきらかに不自然な位置にあり、「演奏していない」状態を意図的に表したものとみることができる。老女が弦楽器リラ・ダ・ブラッチョを演奏する図像はきわめて稀であり(注9)、楽器を持つ無骨な手や太い指の表現もおそらく風刺的に描かれている。こうした表現の風刺性は、模写作品を観察することでさらに明確となる。黒人女性にともなわれたフクロウの足元が、スケッチではやや曖昧に見えるが、模写作品では―60――60―
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