注⑴ T. Borenius, The Picture Gallery of Andrea Vendramin, London 1923.⑵一例として、ジョヴァンニ・カリアーニ作《風景の中のウェヌス》(ロイヤル・コレクション)に同作品のヴェンドラミン・スケッチ(c. 43a、ボレニウスの図版番号pl. 31a)を照らし合わ〈年老いた音楽家〉に基づく)などあり、さらには上記の版画家ジャコモ・フランコによる銅版画も同アルバムにおさめられている(注15)。こうした版画表現をふまえると、ヴェンドラミン・スケッチの通称〈月夜の合奏〉の弦楽器を持つ老女、囮のフクロウを伴う黒人女性は、調和した状態からの逸脱を笑うイメージであり、その笑いを理解した観者たちの視覚的経験も浮かび上がる。〈月夜の合奏〉が笑いの文脈に接している可能性については、そもそもジョルジョーネ作《老女》が古代ギリシャの画家ゼウクシスの逸話をもとに描かれているとする見方とも関連している(注16)。この話は画家が自分の描いた老女の絵を見て笑い過ぎたために亡くなったという逸話であり、ヴェンドラミン・スケッチの〈月夜の合奏〉とジョルジョーネ作《老女》は、それぞれの背後にある滑稽なイメージの体系を互いが示しているとみることもできる(注17)。4.むすびにかえて主題の格式ヴェンドラミン・スケッチ〈月夜の合奏〉は、図像上の共通点をもつような寓意画がほかにないように見える。「不和の寓意 Allegoria della discordia」が物語のように描かれた場合は、もっと直接的な諍いや闘いの場面として表現される。そのためこのスケッチは寓意画の枠組みにおいて制作されたというよりも、風俗的な表現への関心がより大きく、寓意的風俗画とよべる作品だといえる。同時に〈月夜の合奏〉という題名は、ある意味でこのスケッチの一側面を言い当てている。このスケッチは合奏図と牧歌画のはざまにあるような作品であり、その発想は美術における牧歌のテーマの多様な表現のなかから生まれたのではないか。牧歌のテーマに存在する「老人と若者」のモチーフは、当時の牧歌的雰囲気を漂わせた文学作品の、たとえばバルダッサーレ・カスティリオーネ著『宮廷人』(1528年出版)などの影響により、さらに当世風に変化していったのではないかと推察される(注18)。笑いをともなう風俗表現も、また牧歌という主題においても、格下の形式を意図して選ぶという動きにおいて共通性をもつ(注19)。〈月夜の合奏〉のオリジナル作品は、美術家の裁量の問題にも関係する、創作上の探究のあらわれだったと言うことができるだろう。―62――62―
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