⑧ 敦煌石窟供養者像の研究─莫高窟第329窟普光寺阿闍梨像を中心に─研 究 者:大妻女子大学・青山学院大学 非常勤講師 菊 地 淑 子はじめに石窟寺院は、修行者のための修行の洞窟から発展したものであるが、後に洞窟を造営し寄進することが功徳であると考えられるようになり、在家と出家の供養者たちの姿が洞窟の中に記念碑のように盛んに表された。供養者像とその肩書や名前を記した題記に対する考察は、石窟の造営を支えた人々を直に見つめる営みである。筆者はかつて2012年度鹿島美術財団助成研究において、莫高窟第217窟の供養者像と供養者題記をめぐる問題を考察した(注1)。筆者はこの研究をきっかけに敦煌石窟の供養者像と題記の問題について興味を深めることになった。本研究では、第217窟と同じく唐前期創建窟に分類されているものの第217窟より創建年代が古い第329窟に焦点を当て、特にこの洞窟に描かれた尼僧像に注目し、この尼僧像の持物の意味と機能を考察した。1.莫高窟第329窟の概況第329窟は、初唐期の優れた様式を見せる洞窟である(注2)。その温かみを感じさせる様式は訪れる人を魅了する。主室西壁仏龕の形状に大きな特徴があり〔図1〕、龕内各面はほとんど境界線が分からず、滑らかな面の処理がなされている(注3)。筆者は敦煌石窟の供養者像を実地調査するにあたり、「施主」「窟主」との題記を伴う供養者像が残っている洞窟を優先して調査していった。同窟はそのような洞窟のうちの一つであり、豊富な供養者像と題記が残っている。同窟には、創建時の初唐と重修時の五代の供養者像および題記が残されている。以下、窟内各部名称と供養者像および題記の位置については〔図1〕を適宜参照されたい。2.供養者像と供養者題記に対する実地調査の記録2.1主室東壁南側(初唐)『敦煌石窟内容総録』に、説法図の下部に供養牛車と女性供養者一列が描かれているとある(注4)。この供養牛車は保存状態が完好であり、また時代様式がよく表れていることもあり、知られている(注5)。説法図下部の女性供養者列像の題記は次―77――77―
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