鹿島美術研究 年報第41号別冊(2024)
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から洋画へ時代が移ろうとする最中、その生涯を終えたのだった。三、雷洲の作品とその周辺安田雷洲の画業の全体像については先行研究でも語られているが、近年新たに確認された作品もあるため、現存作例をまとめておきたい。版本挿絵以外の作品を取り上げると管見の限り〔表1〕のようになる(注7)。肉筆画に関しては、西洋銅版画にみられる細い線を重ねる描写を筆で模した表現や、色の濃淡をもって立体感を表す描写などが特徴的である。雷洲の作品は河野実氏によりまとめられているが(注8)、〔表1〕の肉筆画のうち、№3・9・11・12・18~20・23~28などは未言及だった作例で、今後も更なる発見が期待される。銅版画に関しては、№36「東海道五十三駅」の現存数が抜きんでている。版画というメディアの性質上、同図様で複数の作例が制作可能だが、ほとんどが一、二枚ほどしか現存していない。「東海道五十三駅」はそれだけ需要があったようである。大津市歴史博物館本などのように、元来十四枚のセットがばらけて一枚ずつ伝わっている例もある。〔表1〕の肉筆画のうち、唯一無落款の作品が日本民藝館所蔵の№27「群船図」(図1)である(注9)。箱書には柳宗悦の自筆で「長崎港」と書かれるが、本図に長崎を示すモチーフなどは描かれてはいない。本図には、島か入江のような岩山を背景に、5隻の帆船が海上に浮かぶ様子が描かれる。各所に銅版画を模したような細い線を平行に引き重ねて描き、細やかな筆づかいで帆船が描き出される。波は、塗り残し部分が波頭となり、前景であるほど濃く、遠景にいくほど淡く、線はまばらに描かれ、船の周辺はやや濃く描かれる。岩山は、細かい線を重ねながら淡いぼかしで陰影を表して立体感を生み出している。本図に見られる西洋の銅版画を模した細かな筆づかい、独特の陰影をもって岩山の量感を描く表現は、雷洲の肉筆画に共通するものだ。本図の原図は18世紀前半のコルネリス・デ・ブラウンの旅行記の挿絵に求められ〔図2、3〕、本書に載る複数の帆船や岩山をイメージソースとして組み合わせて描いていることがわかる。本書には№41「RUSSISCHE KASTEEL VAN MOSKOW」(神戸市立博物館)の原図が載っており、描写の特徴の類似と№41と同様の種本であることから、本図は雷洲筆と判断できるだろう。また、原図からの大きな改変点として旗のデザインに注目すると、原図では三色旗であるのに対して、「群船図」では、碇を4つ組み合わせたような模様になっている。これはロシア船旗を意識したものと考えられる。雷洲は№17「捕鯨図」(歸空庵)でも、原図のオランダ船旗をロシア船旗と思しき斜め十字のデザインに改変している(注10)。雷洲はロシアへの関心を高く持ち、― 133 ―― 133 ―

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