鹿島美術研究 年報第41号別冊(2024)
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による集団制作が想定され、図像や画風を墨守する態度が顕著で、衣の襞や文様、器物等の質感の描写に執着する傾向があることが指摘されてきた(注3)。奈良国立博物館所蔵の仏涅槃図を中心とした井手誠之輔氏の研究によって、寧波で当時行われていた信仰状況を捉え、その希求する所に沿う形で新しい図様を創案しながら制作活動を行った陸信忠の性格が鮮明化され、寧波という土地の中に陸信忠という仏画師の存在が確かに位置づけられた(注4)。近年では、沈宏琳氏によって、寧波在地の十王信仰と結びついた張大帝信仰が、「陸信忠」十王図の中に反映されていることが明らかにされ、井手氏の説をさらに肉付けすることになった(注5)。「陸信忠」作品は仏涅槃図1件、羅漢図3件、地蔵十王図12件が確認され〔表1〕、これらを制作した集団を、本稿では陸家工房と称しておく。十王図の件数に顕著なように、集団制作体制を築かねばならないほど、陸家工房の作品は需要があったことになる。彼等の作画機構に関する情報は全く伝わらないが、作品の図像・素材・技法等を仔細に観察すると、ある程度の復元は可能だと考えられる。まずは、画題ごとに「陸信忠」作品の図像や表現の特色を眺めておきたい。工房を率いたであろう陸信忠が自ら筆を揮ったと考えたいのが、京都・相国寺の十六羅漢図である。顔貌や衣の入念な暈取り、樹木や岩の奇怪な形、文様や装飾の細部の描き込みとともに、とりわけ本作の特色と言い得るのが、梅沢恵氏によって端的に指摘される構図づくりの妙、北澤菜月氏が景観表現の特質を述べる中で挙げる、写実性から一歩進めた対象の形象化と絶妙な陰影表現である(注6)。それに加えて濃彩と水墨による幻想的ともいえる巧妙な空間表現にも、棟梁たる力量が遺憾なく発揮されている。ただ、16幅の中には上述の特色を充分に持ちえていない図も含まれ、一部は工房に所属する別の画工によるものだろう。羅漢図には他に、ボストン美術館所蔵の十六羅漢図と九州国立博物館の羅漢図1幅があり、相国寺本と同図像である。井手氏が述べる通り、ボストン本はモチーフの省略が多く、衣服や器物の質感等の描写が相国寺本よりもやや弱い(注7)。「陸信忠」羅漢図には、相国寺本の那迦犀那尊者図〔図2〕、ボストン本の第九尊者図のように、他の羅漢図には見られない図像が含まれる。羅漢が宙空に張り出した樹木につかまり、下で争う龍をのぞき込むという、躍動的かつ意表を突く構図であり、陸信忠の特色をよく示す図像である。とはいえ、それ以外の羅漢図は、前代からの図像や当時一般的だったモチーフや構図をもとに描かれており、その中に部分的に独自の図像が織り込まれている。奈良博本の仏涅槃図〔図3〕の特異性は、井手氏によって詳細に論じられている― 153 ―― 153 ―

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