鹿島美術研究 年報第41号別冊(2024)
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注⑴ 「古書画仮目録」に「四八一 無款 釈迦三尊 掛幅、絹本著色」と記載され、本作の木箱に⑵ 中之島香雪美術館『来迎 たいせつな人との別れのために』公益財団法人香雪美術館、2022年。⑶ 渡邊一「款記ある宋元仏画」『美術研究』45号、1935年。鈴木敬「陸信忠筆十王図」『金沢文庫研究』136、1967年。海老根聰郎『元代道釈人物画』東京国立博物館、1977年。同氏「寧波仏画の故郷」『國華』1097、1986年。⑷ 井手誠之輔「陸信忠考─涅槃表現の変容─(上)(下)」『美術研究』354・355、1992・93年。⑸ 沈宏琳「陸信忠系十王図における士大夫形象─土地神としての張大帝─」『美術史』191、美術おわりに陸家工房の作品規格と仕様という面から、「陸信忠」作品の特色を検討すると、本稿で取りあげた鳳凰円文だけでなく、金属部分の質感を表現するために丹色・白色・金泥を塗り重ねる彩色技法も大きな特徴として浮かび上がる。「陸信忠」作品に一貫して使用されており、香雪本阿弥陀三尊像も金泥使用部分は全てこの彩色方法をとる。また、かな色の絵具として一般的な金泥の他に、銀泥や赤味の強い金属泥を併用する作品もある。香雪本は金泥のみを使用する。そして、絵絹は経糸を垂直方向の向きで使うのが原則であるが、一部、横使いの作品が確認される。この点は陸家工房の作品規格の手がかりとなり、経営的側面が強くうかがえるのだが、詳細は別稿に譲りたい。香雪本の絵絹は通常使いで、料絹は経緯ともに糸がか細く、それ程上質ではないが、奈良博本仏涅槃図と並ぶ大きさである。以上を総合すると、香雪本は正しく「陸信忠」作品の表現や技法を踏襲していることは確かであり、陸家工房で制作された一点である可能性が高い。現状、落款は確認できないが、両脇侍の蓮華座や宝座下框が途中で切れ、上部も縦7cmほどの補絹が足されており、本紙が四辺で裁ち切られているようである。あるいは元は落款があった可能性もあろう。ただ、工房を率いる陸信忠との距離を測るならば、相国寺本の十六羅漢図ほどの技量はみとめられず、赤系統と緑系統の色彩を基調とする画面はどちらかというと、小型作品である地蔵十王図や九博本の羅漢図に近い。陸家工房の内部、あるいは近辺には、陸仲淵や奈良博本の十王図を描いた陸某もおり、彼等の作品は「陸信忠」作品と表現技法を共有しながらも、独自の画風を築いている。作品に個人名を落とすにふさわしい工房でも抜きん出た存在、あるいは関係の深い工房の主宰者だったと推測される。香雪本にこうした独自性はないが、きわめて「陸信忠」作品らしい作品とみなされるのである。「481」の番号シールも貼られる。史学会、2021年。― 158 ―― 158 ―

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