鹿島美術研究 年報第41号別冊(2024)
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⑯ 菱田春草作品における同時代性研 究 者:碧南市藤井達吉現代美術館 学芸員  田 邉 咲 智はじめに本研究は、日本画家・菱田春草(1874-1911)作品における「同時代性」をキーワードに、日本画や洋画、そして米・欧州の西洋近代絵画からの、直接的かつ間接的な影響関係を分析し、春草作品の一国主義的思考を越えた同時代的な特質を検討するものである。春草作品を論じるうえで、岡倉天心[覚三](1862-1913)を抜きには論じられない。春草をはじめとする日本美術院の画家は、岡倉の理想(思想)を作品に体現化させつつも、自身にしか成し得ない「独自性」を追求し、新しい日本画の創造に苦闘した。岡倉が一貫して追い求めた理想は、日本美術の伝統に西洋美術の長所をとりいれ、時代に適応した新しい美術作品を創造することであった。これは、東西の枠組みを越えた同時代的な思考を兼ね備えた理想でもあった。高階秀爾氏は、岡倉の理想と春草作品の関連性について、「伝統主義」と「西欧主義」の二面性が矛盾なく共存しているところに春草作品の特色がみられ、それは、岡倉の示した二面性を受継いだものだとしている。また、春草らが試みた新技法朦朧体には、その二面性が最も表象され、春草のみの二面性というよりも、岡倉の二面性、日本美術院の二面性、さらには日本の近代美術そのものの二面性があったとしている(注1)。筆者は、高階氏が指摘した伝統と西欧の二面性、そして岡倉や日本美術院の二面性は、朦朧体期の作品から晩年の《落葉》へ、すなわち、春草作品に一貫して継承されていると考える。その二面性の背景には、東西絵画の枠組みを越えた同時代的な表現への思考が大きく左右していると考えている。以上の問題定義から、本研究では「同時代性」をキーワードに、1.春草の朦朧体とジェームズ・マクニール・ホイッスラー〔James McNeill Whistler〕(1834-1903)のトーナリズムの同時代性、2.《落葉》(永青文庫蔵 熊本県立美術館寄託)の画面構成における同時代性を検討した。朦朧体については、ジャポニスムの影響を受けたホイッスラーのトーナリズム〔tonalism(色調主義)〕との近似性が、しばし明確な根拠を挙げられることなく指摘1-1.朦朧体とトーナリズム― 163 ―― 163 ―

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