鹿島美術研究 年報第41号別冊(2024)
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ら浮世絵版画に見られる所謂“お決まり”の定型モチーフを描く名所絵というものは、先に述べた歌枕の時代から続く名所絵の伝統に連なるものといえよう。古来より日本人にとっての「よい景色」といえば歌の名所(などころ)、日本三景、近江八景であり(注7)、それらを題材としてきた浮世絵版画の名所絵や名所図会(後述)といった刷り物は、江戸後期庶民の風景観、つまり彼らに「良い景色」の発見法を教えたことを青木氏は指摘している(注8)。そして近代の「風景画」を概観すると、モチーフについてこれら従来の「名所絵」に寄り添いながらも構図や描写を異にするものが見られることから、徐々に「名所絵」と決別していったことがわかる。まず油彩画でありながら浮世絵の枠組みを援用する亀井竹二郎「懐古東海道五十三驛眞景」や隅田川の桜を描く高橋由一《墨水桜花輝濯の景》など近世以降幾度となく扱われてきた名所を、定型のモチーフと共に描いたものがあり、そして浅井忠や小山正太郎の作品のように近世までの「名所」ではない、どこにでもあるような農村などの何気ない風景(これは当時「道路山水」などと揶揄された)を実景に即して描いた風景画が現れる。明治期の末に前者よりも後者が優勢になり、ようやく1900年前後に「風景画」という言葉と概念が定着した。本研究ではこのうち前者について検討する。2.名所絵から日本近代洋画の「風景画」への継承まず、本論で扱う日本近代洋画の「風景画」について、実景に即しているか否かを問わず自然景を描いた絵画作品と定義することにする。これら「風景画」のうち、描かれた土地やモチーフ、構図、技法、描写などに名所絵からの継承が見られるものを洗い出すため、先述の定義を踏まえ、日本近代の作品を扱った展覧会図録(注9)から風景を描いた作品を選び出し、作品名に地名が含まれるもの、または先行研究によって特定の場所を描いていることが明らかな作品を抽出した。この作品群は当然ながら日本近代の風景画を網羅するものではなく、これを取り掛かりとしてより広範にわたる調査を継続する、もしくはサンプリング方法の再検討が必要であり、今後の課題として強く認識する。次に、これらの「風景画」に描かれた土地が名所であるか否かをどう判断するのかが問題となるが、画家を含む近代の人々にとっての名所を考える際、寛文2年(1662)の『江戸名所記』に始まる名所記や名所図会の一群については考慮しておく必要があると考えた。名所記とは、江戸時代、各地の名所を紹介することを目的として著された書物であり、京都・江戸・大坂・大和などの都市近郊や、東海道をはじめとする街道沿いの名所・旧跡を題材に、その故事・来歴・風俗などを案内記風に叙述し、挿絵を適宜加えて娯楽性・実用性を兼ね備えた書物である(注― 176 ―― 176 ―

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