鹿島美術研究 年報第41号別冊(2024)
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3-2.本作の画面分析江漢「中洲夕涼図」〔図3〕などは月、舟、州、永代橋、茶屋、花火といったモチーフが共通しており、これらが中洲の定型モチーフであったことが推察される。一方、撤収後の作品は埋め立て前の洲に戻った静かな様子を描いており、歌川広重「名所江戸百景 みつまたわかれの淵」、昇斎一景「東京名所四十八景 新大橋中洲」など日中の様子を描くものが多くなる。画面から読み取れる限りでは、撤収後は舟、州、永代橋、加えて夜景の場合は月が定型モチーフになっているものと推察される。撤収後の描写は多岐にわたり、歌川国芳「江都勝景中洲より三つまた永代ばしを見る図」は凧揚げに興じる人々の様子を、落合芳幾「両国八景之内 中洲の落雁」は小舟で川を渡る遊女たちの姿を、小林清親「東京名所図 三ツ又永代橋遠景」と井上安治(探景)「東京真画名所図解 三ツ又永代」は州を背景に近景の通りを行き来する人々や人力車を描いており、必ずしも月見の名所として描く必要はなくなっていたことが推察される。ここで改めて確認しておきたいのは、近代以前の名所絵は定型モチーフを描くことで表現されるため本物らしさは求められておらず、現地を実際に見ることも必須ではなかったということである。一方で、由一は日本各地の名所をスケッチした写生帖を残しており、実際の様子ではなく定型のイメージによって語られ、描かれることが当たり前であった「名所」を訪ね、実際の様子を描こうとしていたことがうかがえる。中洲についても簡素ではあるがスケッチが残っている〔図4〕。古田氏は「江戸の人々が浮世絵を通して知った気になっている名所の本当の姿を、現場スケッチによって写し取り、油絵具という新技術によって描き出す。(中略)浮世絵の空想世界を現実世界に引き戻すことこそ、由一の最大の関心事であったように思われる」と指摘している(注24)。本作に引き寄せれば、満月の周囲に広がる光環や、月光に照らされた雲、黒を用いて表現された闇、そして逆光になる舟と人物など、個別のモチーフそれぞれが写実性をもって描かれている点に、「由一の関心」があらわれているといえそうだ。次に、画面全体の構成というレベルで本作を見ていきたい。本作は、月と舟がなければ作品として成立しないほど簡潔な画面をもつ。言い換えると、名所「中洲」を示す最低限の記号のみで画面が構成されている。しかし、本作と同じく撤収後を描く同時期の作品・井上安治(探景)「東京真画名所図解 中洲」〔図5〕を見ると、様々な種類の舟や洲に建ち並ぶ家々、櫓のような建築物を描き込んでおり、本作とは少々様― 179 ―― 179 ―

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