鹿島美術研究 年報第41号別冊(2024)
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⑲ マリー・ローランサンの同時代評価に関する研究研 究 者:早稲田大学大学院 文学研究科 博士後期課程  由 良 茉 委はじめに画家マリー・ローランサン(1883-1956)を特徴づける要素として、幅広い交友関係が挙げられる(注1)。1900年代初頭にキュビスムの運動に接近した時期には、パブロ・ピカソやジョルジュ・ブラック、後に恋人ともなった詩人ギョーム・アポリネールらのサークルにおいて多くの芸術家仲間を得た。その後、第一次世界大戦終戦後のいわゆる「狂乱の時代」と呼ばれたパリでは、ファッションデザイナーのココ・シャネルを含む、多くの社交界の要人と交流をもった。彼らとの繋がりを示すように、ローランサンは多数の肖像画作品を描いており、それらは今日もローランサンをめぐる賑やかな人的交流の様子を鑑賞者に伝えている。一方で、同時代の芸術家たちがローランサンをモデルに制作した作品も存在する。しかし、作品はあくまで個人間の結びつきを示す存在として捉えられるのみで、ローランサンがどのような意図で表現されているかを分析される機会は少なかった。人物同士の交流に注目が集まる反面、その表現の意図については依然として検討の余地がある。本論では、特に重要と思われる作例を数点取り上げ、友人たちが捉えたローランサン像を各メディアを通して確認し、画家の同時代評価を新たな視点から考察する。1 ルソー《詩人に霊感を与えるミューズ》(1909年頃)ローランサンを描いた作例として、もっとも広く知られているといって過言でないのが、アンリ・ルソー(1844-1910)による1909年頃の肖像画である〔図1〕。《詩人に霊感を与えるミューズ》という詩的な題を与えられた本作は、近い時期に二つのヴァージョンをもってあらわされた。ヴァージョンによる構図の違いなどはほとんどないが、1909年のアンデパンダン展に出品された第2ヴァージョンが完成作と呼べると考えられる。本作はいずれの版でも、ミューズに扮したローランサンと、ペンと紙を手にした詩人アポリネールが寄り添い立つ様子で描かれている。20世紀初め、パリの若手芸術家たちはモンマルトルにあったアトリエ「洗濯船」を中心にゆるやかなサークルを形成し、ピカソやアポリネール、ルソーなど多くの人々が賑やかな日々を過ごした(注2)。ローランサンも常連の一人で、1907年には「洗濯船」内のピカソのアトリエで開催された「ルソーを讃える夕べ」にも出席するなど、前衛芸術家たち― 197 ―― 197 ―

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