研 究 者: 和宗総本山四天王寺 学芸員 神戸大学大学院 人文学研究科 博士課程後期課程 河 合 由里絵はじめに「扇面法華経冊子」(以下、本作品)は、平安時代を代表する装飾経であり、これまで様々な観点から考察されてきた。しかしながら、作品の形態や絵画技法が同時代作品のなかでも特異であることや、制作背景に関する見解に幅があること、また他作品との図様の継承関係についてほとんど指摘されていないことなどから、日本美術史上においては未だ孤立した作品として位置付けられているように思われる。そこで本研究では、本作品の制作状況および周辺作例との影響関係について検討を加える。まず研究史上の課題である木版使用の問題に焦点を当て、制作状況について考察を試みる。続いて、12世紀末の「年中行事絵巻」に本作品と類似した図様がみられる事例を紹介するとともに、その図様借用のあり方を分析することで、両作品に共通の粉本が存在した可能性について指摘する。「年中行事絵巻」は、これまで様々な絵巻と図様を共通することが指摘されてきたが(注1)、その成立における「扇面法華経冊子」との関連を新たに検討することは、12世紀におけるやまと絵の典型図様の形成について考察するうえで重要な意義をもつ。1 作品概要まずは作品の基本情報について確認しておこう。本作品は、厚く雲母を引いて切箔や野毛で装飾した扇形の料紙に、濃彩で貴賤の風俗および動植物を描いたのち、絵画面を内側にして二つ折りにし、粘葉綴の冊子としてほぼ全面にわたって法華経を書写したものである。したがって本作品を冒頭から開いてゆくと、経文のみの面と、絵画の上に経文の書かれた面とが交互に現れる。制作年代については、料紙装飾および絵画の様式から、12世紀半ば頃と推定されている(注2)。制作当初は、法華経八帖および開結二経(無量義経・観普賢経)の合計十帖で一具をなしたと考えられるが、現在は四天王寺に五帖(法華経巻一・巻六・巻七・無量義経・観普賢経)、東京国立博物館に一帖(巻八)、法隆寺や西教寺など各地に五葉の断簡が分蔵される。㉑ 「扇面法華経冊子」の研究─制作状況と図様転用を中心に─― 217 ―― 217 ―
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