獣人物戯画」(高山寺)、「餓鬼草紙絵巻」(東京国立博物館ほか)などの絵巻にもみられることから、同時代に共通する特徴と言えようが、先述のような片脚に右臀部と左臀部が取りつくという特異なかたちは、本作品に固有の特徴として捉えられる。また、こうした形態感覚のずれがA類・B類・C類に共通することが分かる。続いて人物の足の描法に着目すると、A類の無量義経扇11「縁端の幼児と女房」・巻七扇6「店の前をゆく女房たち(一)」〔図11〕・同扇9「雀罠をかける男たち」と、B類の巻七扇1「井戸端につどう女たち」〔図12〕において、足裏と足の甲との境界線が指から延びて踵まで到達する表現が一致している。こうした表現は、「病草紙絵巻」(京都国立博物館ほか)や「粉河寺縁起絵巻」(粉河寺)、「信貴山縁起絵巻」(朝護孫子寺)などの同時代の絵巻と比較しても特異なものである。曲げた腕のかたちにも注目してみたい。A類の巻七扇9「雀罠をかける男たち」〔図13〕ならびに巻八扇8「雀罠をかける男と童女たち」の二場面と、C類の巻六扇5「幼児二人をあやす介添えの男女」〔図14〕において、曲げた腕の上腕から手首にかけて半円形の輪郭をなし、そこに上腕と前腕の境となる輪郭線を描き込むことで、上腕が膨張したような形態になっている点が類似している。二場面ある雀罠の図はいずれもA類だが、その独特な形態感覚がC類にも見られるのである。以上の分析により、A類の人体表現にみる特徴は、B類・C類のそれと共通する部分をもつと言えよう。そこから、肉筆下図と木版の版下絵が同一の絵師によって描かれた可能性が浮上するが、秋山氏が指摘するように、反復する同一図像においては、B類・C類の図像に初発性があり、A類に写し崩れが確認されることから、A類の絵師とB類・C類の版下絵の絵師が同一人物である可能性は低いだろう。それを踏まえると、版下絵の絵師が手掛けた人物の原図が存在し、A類はそれを写したものと考えられる。肉筆で描かれたA類の場合は、先述の樹木のように自由に描くことも可能だったはずだが、人物については原図を下敷きとして、型に忠実に描いた状況が推定される。ただし、顔貌表現について、描かれる人物の身分や職業によって大きく幅のあることは、秋山氏の指摘する通りである。以上、人物の描法に着目することで、制作状況について考察した。A類の制作方法について、秋山氏は、反復する同一図像に着目して原図を透き写した可能性を提示されたが、現存場面中に同一図像のないものであっても原図を透き写しており、かつその原図は、版下絵を手掛けた絵師によるものであることが推測される。ところで、本作品に木版が使用された理由に関しては、「扇面法華経冊子」研究史上の大きな課題となっているため、これまでの分析結果をもとに私見を述べておきた― 220 ―― 220 ―
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