鹿島美術研究 年報第41号別冊(2024)
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において、蹴鞠に興じている集団に目もくれず料紙に見入る男性の図像と一致している。原本を忠実に模写したと推定される「住吉家伝来模本」(個人蔵)と比較すると、男性が視線を落とす料紙の装飾も、朱を基調として銀の霞を刷く点で一致しており、両者には強い影響関係が認められる。男性の右側に坐す女性については、本作品が幼い女性、「年中行事絵巻」が成人女性を描いている点、また首の方向が異なる点など、図像が完全に一致するわけではないが、片手を頬に当て、それと反対側の頬を上に向ける姿態は近似している。二つ目は、観普賢経扇2「女君と干し物をする婢女」〔図17〕である。雪が降るなか、洗濯物を取り込む召使の女と空を眺めて物思いにふける女君の様子を描いた場面だが、「年中行事絵巻」の闘鶏の場面〔図18〕との類似が指摘できる。本作品では、腰布をつけて髪を括った召使の女が両手を挙げて洗濯物を取り込むさまが描かれるが、「年中行事絵巻」の梅の木に両手を伸ばす女の図像と近似する。その傍に、女と対面するかたちで網代の壁および梅の木が配される点も、両者に共通する。加えて、本作品において召使の女の足元に配される三本の竹は、「住吉家伝来模本」(個人蔵)を見ると分かりやすいが、「年中行事絵巻」において小屋の傍らに植えられている。また、本作品において柱と開きかけの遣戸との間に坐して空を見上げる女性は、「年中行事絵巻」において、柱と遣戸との間で見上げている童女と全く無関係ではないと思われ、両作品の繋がりを示すものと見なせよう。これらの図様がどのように引用されているのか、各場面を詳しく比較してみよう。まず巻一扇9「文を読む公卿と童女」において男性を見上げる童女は、「年中行事絵巻」において、同様の姿態を保ちながら桜を見上げる女として表現されている。また観普賢経扇2「女君と干し物をする婢女」における洗濯物を取り込む婢女は、「年中行事絵巻」において、同じポーズをとりながら梅の木の枝を触る女として描かれている。以上から、両作品の類似した図様においては、場面のシチュエーションは共通せず、モチーフの形態を引用する傾向がある。このことから、両者の図様の類似は、作品同士の直接的な図様伝播というよりも、共通の粉本を利用したことに起因するものと推察される。以上により、「扇面法華経冊子」と「年中行事絵巻」に類似した図様がみられ、共通の粉本が存在した可能性が浮かび上がった。「年中行事絵巻」は、12世紀末に後白河法皇が注文し、宮廷絵師の常磐光長が制作した絵巻であるため、同様の環境下で制作されたと推定される「彦火々出見尊絵巻」(模本:明通寺)や「吉備大臣入唐絵巻」(ボストン美術館)、「伴大納言絵巻」(出光美術館)などと本作品についても比較した― 222 ―― 222 ―

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