㉒ 「セザンヌ」展(1936年、オランジュリー美術館)について─文化遺産の連続性としての没後30年記念展─研 究 者:ポーラ美術館 学芸員 工 藤 弘 二はじめに前衛美術のひとつの分水嶺として広く知られた「キュビズムと抽象芸術」展がニューヨーク近代美術館において開催されたのは、1936年のことである。この際に提示されたモダン・アートの歴史的進化を示す著名なチャートに見られるように、ポール・セザンヌ(Paul Cézanne, 1839-1906)の芸術はすでにこのころ、キュビスムの起源としての歴史的な地位を確立していた。いっぽうで、同年にパリで開催されていたセザンヌにまつわる記念碑的な回顧展は、その質と量のいずれにおいてもかつてないほどのものであったにもかかわらず、これまでの研究史においてその詳細が充分に検討されていない。本稿では、セザンヌの没後30年を記念してオランジュリー美術館で開催されたこの一大回顧展を検討して、展覧会を主催した国立美術館の学芸員たちによるセザンヌ顕彰の意図を浮き彫りとする。展覧会の目的と概要1930年から1937年にかけて国立美術館連合は、印象派にまつわる画家たちを取り上げた7つのモノグラフィックな展覧会を、オランジュリー美術館において開催している[ピサロ(1930年)、モネ(1931年)、マネ(1932年)、ルノワール(1933年)、セザンヌ(1936年)、ドガ(1931年、1937年)]。彼らにかんする初めてのカタログ・レゾネの出版や、フランス美術の伝統を引き継ぐものとして印象派を位置づけた現代絵画史の出版をはじめとする、印象派の歴史化として知られるコンテクストのなかで議論されるこれらの回顧展は、主催者である国立美術館連合が印象派を新たな国家遺産として価値づけるという趣旨のもとで開催されたものである(注1)。同館にて画家の没後30年を記念したセザンヌの一大回顧展(以下、「本展」と略記)が開催されたのは、1936年5月20日から10月11日にかけてのことである(注2)。図録(注3)〔図1〕には、油彩画112点、水彩画28点、素描26点の出品作品が記載されており、「あらためてこの展覧会が私たちに示しているのは、完全であるがゆえにできる限り多様な総体の前でしか特定の芸術家を判断することはできない、ということである。最初の試み、成熟期の企て、個性の獲得、すべてがまとめて提示されている。」(注4)との展評に見られるように、セザンヌの画業を総括するのにふさわしい規模― 228 ―― 228 ―
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