鹿島美術研究 年報第41号別冊(2024)
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《黒い置時計》に高い評価を与えたジャモが引き合いに出しているのも、シャルダンである。して知られており、およそ4年後にパリで開催された本展を鑑賞しながらこの展覧会を思い起こした者もいた。発端となったのは、ロンドンの展覧会にも出品された静物画《黒い置時計》〔図3:出品番号11〕である。《置時計》にかんして、このような作品が有する非凡さ、壮大な平穏さ、なかば神聖な雰囲気を感じないだろうか?[……]もっとも美しいシャルダンの作品がブーシェの世紀を祈念するように、この絵画もいずれ前世紀を証言するであろう。3、4年前のバーリントン=ハウスの名誉のサロンにおいて、アングルやドラクロワ、グロ、ダヴィッド、クールベ、ルノワール、マネといったあらゆる驚嘆のさなかにあったこの絵画の効果を、私はいまだに覚えている(注23)。ここに彼[セザンヌ]が静物をこよなく愛した理由がある。しかし、花はすぐに色を変え、形さえも変えてしまう。色あせて、花びらを落としていく。[……]シャルダンをはるかに凌ぐ傑作である《黒い置時計》や《水差しのある静物》を描くために、彼は花も果物も必要としなかった(注24)。人物画─ル・ナン兄弟とセザンヌ従来の美術史において看過されてきた17世紀の知られざる画家たちを再発見して、新たなフランスの伝統として位置づけた「17世紀フランスのレアリテの画家たち」がオランジュリー美術館で開催されたのは、1934年のことである(注25)。ジャモの指揮で実現したこの展覧会において、ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(Georges de La Tour, 1593-1652)とともに称揚されたのが、ル・ナン兄弟(Les frères Le Nain: Louis Le Nain, 1593-1648; Antoine Le Nain, 1599-1648; Mathieu Le Nain, 1607-1677)であった。この時代の風俗画を知り尽くしたジャモが示唆しているのは、ルーヴル美術館に収蔵されていた《農民の食事》〔図4〕とセザンヌによる《カード遊びをする人たち》〔図6:出品番号83〕との関連である(注26)。本展の図録におけるすべての作品解説を執筆したのは、「17世紀フランスのレアリテの画家たち」展におけるラ・トゥールの再発見といった功績の大半が帰せられる、ルーヴル美術館絵画部門担当官のシャルル・ステルラン(Charels Sterling, 1901-― 232 ―― 232 ―

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