鹿島美術研究 年報第41号別冊(2024)
256/712

㉓ グラナダ大聖堂のアロンソ・カーノ作《無原罪の御宿り》と「聖母の祝祭」序研 究 者: 早稲田大学大学院 文学研究科 博士後期課程  名 原 宏 明現在、グラナダ大聖堂(Santa Iglesia Catedral Metropolitana de la Encarnación de Granada)聖具室に保管されている《無原罪の御宿り》の聖母像〔図1〕は、17世紀のスペインの芸術家アロンソ・カーノ(Alonso Cano, 1601-1667)の代表作である。雲の台座を含め、高さ55cmの小さな彫像は、1655年から1656年にかけて、カーノ自身が設計した同聖堂の譜面台〔図2〕の上部に置かれるために制作された(注1)。聖母は白いチュニックと青いマントを着て左膝を少し曲げ、雲の上に立つ。胸の左前で両手は指先で微かに合わさり、理想的に美しく表された顔は少し右側を向く。青いマントに包まれた聖母の輪郭は腰の部分で膨らみ足下ですぼまる紡錘形になっており、両端が下を向いた三日月の垣間見える雲の上に軽やかに立つことで像に浮遊感が与えられる。彫像の彩色も白と青の単色のみで施される。このような形体や絵画的な特徴は、それまでのスペインにおける「無原罪の御宿り」の彫刻表現には見られないもので、後のスペインの芸術家に継承されていく。そのため、カーノの聖母像は「無原罪の御宿り」の新たな表現の型を確立した作品と見なされてきた(注2)。執筆者は既に、譜面台の装飾や建築意匠に着目し、カーノの聖母像と譜面台の関連性について論じた(注3)。しかし、後述するように、聖母像はすぐに譜面台から切り離されて聖具室へ移され、聖母の祝祭の日に内陣の主祭壇に置かれていた。先行研究では、聖母の祝祭の日に主祭壇に置かれていたことはほとんど言及されず、グラナダ大聖堂における聖具室移転後の聖母像の役割について議論されてこなかった。そのため、本稿では、聖具室移転後のカーノの聖母像の意味について、聖母の祝祭の日に置かれていた大聖堂内陣空間の図像プログラムとの関連性に着目し、考察する。1.聖母像の制作背景まず、17世紀のグラナダの社会状況を踏まえ、カーノの聖母像の制作背景について確認したい。聖母像の主題となった「無原罪の御宿り」は、神の特別な恩寵とキリストの功績によって、聖母がその御宿りの最初の瞬間に原罪のあらゆる汚れから保護されて免れたとする教えで、1854年に正式にカトリック教会の教義として宣言された(注4)。聖─内陣空間における意義─― 243 ―― 243 ―

元のページ  ../index.html#256

このブックを見る