鹿島美術研究 年報第41号別冊(2024)
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して描き出されているのかを検討したうえで、その描写が生む効果についても考察した。まず樹の場合と同様、今日までに友松筆とされた作品に描かれる岩を総覧した。画面の下辺に接する岩や左右端にのぞく岩、そのほか景観のなかに岩の描かれる箇所をとらえていき、岩肌に付される筆触の形状に注目してみると、次のような描法が見出される。一つは、明瞭な筆線を用いて描くものである。ここでの筆線は〔図9〕のようなかたちのもので、起筆のほうが幅広く、収筆にむかって次第にかすれていき、直線的な筆運びがみてとれる。また起筆の形状は筆先の形を残すような丸みのあるものではなく、角のある形に整えられている。これによって起筆の位置が一直線上に揃えられているようにみえる。この描法を用いた岩はおもに、昭和50年代以降に友松若年期の作ではないかとして紹介された作品に現れる。二つ目は、細い線を付すものである。この筆線〔図10-①〕は岩肌を滑るように弧を描き、起筆側と収筆側で線の幅に顕著な差は現れない。さらにこの筆線とあわせて岩肌には、やや濃い墨によって草を思わせる細かな筆線が付される〔図10-②〕。この描法は無落款でありながら友松筆と伝わる作品に用いられている。三つ目はほとんど筆線のないように見える描法である。落款や表現から従来友松筆と考えられてきた作品、今日友松筆とされる作品のほとんどに用いられるのがこの三つ目の描法であることから、次に「ほとんど筆線がない」ようにみえる様態が、どのような筆遣いによってなされているのかを注視した。特に始筆終筆の向きと筆線の位置に注目し、筆運びの方向と配し方の観察をおこなった結果、次のようなことが見出されてきた。まず、岩の像が墨筆で塗抹するような筆遣いによって描き出されている。さらにこの塗抹されている部分をよくみてみると、明確な筆線の形状こそみえないが、淡墨に忍ばせるようにしてごくわずかに運筆の痕跡を感じさせる箇所が残されていることがわかる。たとえば〔図11〕は妙心寺蔵「寒山拾得図・三酸図屏風」から寒山拾得を表す隻の第四扇から第五扇にかけて描かれる岩であるが、岩肌にやや墨の溜まっている箇所を追っていくと、なだらかな山型を描く筆はこびで墨筆を幾重にもおいたような描写がみてとれる。このように岩の形に即した運筆で、岩塊の濃淡がつくられ、加えて岩の要所、特に岩の底面や濃淡のちょうど境となる部分には濃い筆触が置かれる。これらの濃墨も線の形状を保ってはおらず、部分的に滲むような様子も見られる。しかしながらこのような中でも、ごくわずかに筆線として捉え得る部分が見つかる場合がある。〔図12〕はそのような筆線が比較的多く見つかる例である。〔図9〕で示した筆線が直線的で澱みない筆運びを思わせたのに対して、ここに現れる筆線にはそのような筆運びは感じられない。特に注目― 257 ―― 257 ―

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