鹿島美術研究 年報第41号別冊(2024)
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西北インドと共通する。さらにその左に、右手を施無畏印に結び、左手には水瓶を執る菩薩が表されており、姿勢は異なるものの両手の処理はNo.1の例と同様である。ただし、頭髪が円筒状に整えられ、装飾と思しき表現も見えることから、筒形の冠飾を付けているとみられる点が先の例と異なる。西北インドでは、頭部に宝珠をあしらったヘアバンドなどは表現されるが、あくまでも行者風を意識した簡素なヘアスタイルが基本にあることから、冠飾が表現される点もマトゥラーの弥勒像の特徴と言えるだろう。もう一例は、過去七仏のうちの三体とみられる坐仏と菩薩坐像、一体の跪坐の供養者があらわされた断片〔図5/No.9〕である。三体の坐仏はそれぞれ着衣のスタイルや印相は異なるが、頭部はいずれも頭頂部に向って整えられ、肉髻をつける。坐仏の左に坐す菩薩は、右手を施無畏印、左手には水瓶を執っており、ここまでの三例で共通して同様の印相と持物を執ることから弥勒と判断できる。ただし、頭髪は頭頂部で肉髻状に丸く結いあげて紐状のもので留め、残りの髪の毛を肩口に垂らしている。こうした頭髪表現は西北インドでもしばしば見られることから、先の二例に比して西北インドとの親和性がうかがえる(注9)。以上の三作例により、クシャーン朝期マトゥラーの弥勒像の特徴として、右手を施無畏印に結び、左手に水瓶を執ることが改めて確認された。水瓶を執るという点は西北インドの作例とも共通しており、両者の間で一定のルールが共有されていたことをうかがわせる。ただし、頭髪表現が現時点で三種挙げられる。仮にここでは、順にA螺髪タイプ、B宝冠タイプ、C結髪タイプと呼ぶ。これらの特徴と合致する像を収集すると、前掲の三例を含む十例が現段階では該当した〔表1〕(注10)。このうち、四例は他の仏菩薩と並置されるなどの群像表現をとり、六例は単独像である。西北インドでしばしば見られる如来像を中心に左右にターバン冠飾と持水瓶の菩薩が配される三尊形式像が見られないことには注意したい。表1に示した像の大部分は既に先行研究によって触れられてきたが、従来は坐勢や他のモティーフとの組み合わせによって検討がなされてきた。本稿では、頭髪を中心に整理を行う。まずAのタイプでは、ニューデリー国立博物館蔵のアーチ型装飾に彫られた例〔図6/No.2〕、ならびに、マトゥラー博物館蔵の単独像〔図7/No.3〕があげられる。両者はNo.1同様に頭髪を螺髪状とし、No.3は右手を欠損するがNo.2は右手を施無畏印に結び、両者ともに左手に水瓶を執る。また、共通して二つの輪を重ねたような耳飾を付け、V字状にたわむネックレスを付ける。ただし、No.2はアヒチャトラー像同様に上半身は裸で聖紐をつけU字状のネックレスを重ね付けするが、No.3では― 289 ―― 289 ―

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