AタイプとBタイプの頭髪処理と、水瓶を執る手つきの表現が対応することについては、時代差や地域差、工房の差などが考えられるものの、現段階では明確な解答は出せない。マトゥラーの遺物はその多くが宝探し的な発掘や不十分な報告書によって当初の状態が不明瞭なものが多いためである。No.9の作例もBタイプと親和性があると考えることもできる。本作例は、頭頂部が西北インドの作例と類似した特徴を示す一方で、方形に高く結い上げられている点ではBの宝冠の形にも近しく、過渡期的な作例と言えるかもしれない。最後に、頭髪処理がA・B・Cいずれのタイプにも当てはまらない作例として、欄循柱に浮彫されたマトゥラー博物館の作例〔図12/No.10〕がある。右手を施無畏印、左手に水瓶を執り、連弧紋を周囲に施した頭光を負うなど、殆どの部分は他例と共通しているが、頭部は剃髪した表現であり、頂部に巻貝状の毛も見られない。巻貝状の毛を残し剃髪する「菩薩」銘を有する作例がマトゥラーに一定数確認され、長らく議論されてきたことは周知のとおりである。本像はそうした「菩薩」銘像とのかかわりの中でも検証していく必要がある。5.結びにかえて以上、クシャーン朝期マトゥラーの作例の内、弥勒像と判断しうる作例を収集した結果、確認された点は次のとおりである。西北インドとマトゥラーでは、弥勒が左手に水瓶を執る点、しばしば聖紐を付けるなどバラモンの出自との関連を示す表現が見える点で共通する。ただし、頭髪処理の方法が西北インドと異なり、螺髪状の表現と宝冠様の表現が優勢である。また、水瓶の執り方も少なくとも2種にわかれ、その表現は頭髪処理と対応関係にある。頭髪処理が西北インドと異なる点についても注意が必要である。西北インドでは、出家前のバラモンの出自が造形状優先されていたのに対し、マトゥラーでは螺髪と、行者が着用しないような冠様の造形が優勢である。Aタイプについては、肉髻をあらわさない、もしくは頭頂部がやや尖るような表現をみせることから、次代のブッダであることを示そうとした表現ともとれる。一方、Bタイプについては、天冠の可能性、また他像との混交の可能性を提示するに留めたい。マトゥラーでは、インドラ像やナーガ像でも水瓶を執る例がみられるが、特にインドラ像の場合では方形冠を着する例が一定数見いだせる。例えば、アヒチャトラー像との造形上の類似が指摘されるインドラ像では、方形の天冠を頂き、Aタイプと対応する持ち方ではあるが左手に水瓶を執る姿で表される(注14)。弥勒は、未来の作仏に向けて現在兜率天で待機すると― 291 ―― 291 ―
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