【光学調査結果の検討1 構図の変更】示した。彩色部分でも、部分的に鉛が白地を上回る割合で検出され、ジンクホワイトとシルバーホワイトが併用されたことが分かった。同作に描かれるグラスの中心部には赤い円状のモティーフが描かれ、可視域内励起光を用いた蛍光撮影(近赤外域での反応を記録)〔図23〕では、この部分が他の赤色の箇所とは異なり白く反応した。同調査に先行した蛍光X線分析ではこの地点を対象外としており、成分的な特徴は不明である。調査順序によって得られる情報量に差が出ることを痛感した事例であった。以上の光学調査は、網羅的ではないものの、岸田の主要な画題であった静物画の作例を通年的に調査したものであり、ある程度の傾向を読み取ることができる。調査した中で、制作中に構図が変更された作品は三点あり、それぞれ1917年、1918年、1921年に制作されていた。まず、構図変更の内容は、テーブルと壁の線という画面を水平・垂直に分割する線の位置の移動、また花瓶や林檎といった事物の画面上の平行移動、描かれていた事物を消すことという三種類に区別できる。壁や机の位置の移動は、描き方によっては視点の移動や奥行の変化を示唆するはずだが、これらの作品ではあくまで画面を区切る線や面の配分として変更されているように見え、描き直しによって異なる視点からの情報が加えられるのではなく、同一視点から見られた平面という秩序の中で、構成要素の位置関係が調節されているといえる。構図の変更が確認された作品はいずれも岸田の代表作と呼べる作品であるが、中でも《白き花瓶と台皿と林檎四個》については、岸田が静物画の構図についての考えを述べた作品でもあったことが知られている。同作の完成から4か月後の8月24日付の『色刷会報 三』には、複製画の頒布会である「色刷会」に出した同作の解説が掲載されている(注5)。文中で岸田は、同年3月に椿貞雄とともに岸田の画室で制作に着手したこと、椿が仕上げた後も自分は捗らず4月までかかったことを記し、「僕は大抵どの畫でも中途で一度いやになる癖を持ってゐます。もっといゝ構図がありそうな気がし出すのです」と告白している。今回の調査結果はこれが単なる気の迷いにとどまらず、現実に構図を変えるという行為に結びついていたことを示すものである。これに先立つ6月26日付の『色刷会報 二』でも、岸田は「静物の構図を造るといふことはそれを描くといふことよりむづかしい」、「立派な毅然とした審美を内に持ってゐなくては立派な構図は生まれない」、「静物の構図に独自の美が出せればその人は― 301 ―― 301 ―
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