鹿島美術研究 年報第41号別冊(2024)
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【光学調査結果の検討2 室内画】差のない丸いモティーフが重なり連ねられていたが、中心に円筒形の湯呑が登場したことで求心力が生まれている。ただし、湯呑の位置は左側の果物とほぼ同じ高さにそろえられ、三角形のような構図にはなっていない。同作は事物を並べる際の規則性が薄まるなど、1920年代後半の静物画につながっていく新たな傾向が示されているが、1920年代後半の静物画についての検討にはさらなる調査が必要である。《静物(湯呑と茶碗と林檎三個)》と《静物(白き花瓶と台皿と林檎四個)》において結果的に抑制されたシンメトリックな三角形の構図は、近い時期に描かれた《卓上林檎葡萄之図》と《手を描き入れし静物》ではむしろ明確に表現されている。《手を描き入れし静物》という作品には、1915年頃から岸田が受容していた古典的宗教絵画、とりわけファン・エイクへの理解が深くかかわっていると稿者は考えるが(注8)、この三角形の構図自体にも、例えば岸田も図版を見ている通称「ルッカの聖母」などの、聖母マリアの衣装が作る三角形の構図などが影響している可能性がある(注9)。《卓上林檎葡萄之図》の裏面に描かれた室内画には、「昔の聖書中の事跡や神話の役目を、近代に於ては卓や林檎や器物がする訳になります」という岸田の主張が具現している。先述の通り、1917年に完成した風景画を横に倒し、四方にその描写を残したまま画面中央に枠を設けたこの室内画は、略筆によって早く描かれたことが推測され、あたかも岸田の脳内にあった美の世界の見取り図を思わせるものである。画面の左には台に乗る裸体の人物、中央上には横たわる裸体画のような額がかけられ、画面右端には教会の列柱を思わせるアーチのある柱と屋根瓦のようなモティーフが画中の世界を枠取り、手前に背中を向けて裸体の人物と向かい合うような黒い人物が立っている。そして、画面の中央には茶色いテーブルがあり、2つの赤く丸い林檎のようなモティーフに挟まれた白いコンポート(上に葡萄が載っているようにも見える)、右側には《白き花瓶と台皿と林檎四個》に描かれたバーナード・リーチによる花瓶に似た器物が描かれ、それらを上からアーチ状に青と黄色の絵の具が囲む。教会内部のような舞台設定の中で、裸体の人物(あるいは受肉した彫刻か)と絵画とを脇に従え、中央に静物の主題を据えるというこの構成は、まさに「昔の聖書中の事跡や神話の役目」を静物画が継承するという考えを可視化するものである。さらに周囲を取り巻く風景画まで含めると、この作品は不完全ながら、岸田が《手を描き入れし静物》について語った「人間の肉体と静物や風景を、内から有機的に一つにしてみた― 303 ―― 303 ―

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