③ 小磯良平の小説挿絵に関する研究─新出の下絵を中心に─研 究 者:小樽芸術村 学芸員 金 澤 聡 美はじめに洋画家・小磯良平は、西洋絵画の伝統に学び、卓抜した描写力による優美でモダンな作風で人気を博した。小磯の画業の中でも特に大衆に広く親しまれたのが、新聞や雑誌の連載小説のための挿絵である。小磯が初めて挿絵を手掛けた小説は、1932年に朝日新聞で連載された「暴風帯」(下村千秋・著)である。以降、1969年までの30年あまりで30本以上の長編小説の挿絵を手掛けたとされ、その作品総数は4,000点を越える(注1)。また、うち2,000点近くについては原画が神戸市立小磯記念美術館に収蔵されており、同館学芸員により研究や展示公開が進められている(注2)。しかしながら、原画の前段階である下絵についてはこれまでにほぼ見つかっておらず、制作プロセスを含む小磯の挿絵業にはまだ明らかになっていない部分が多い(注3)。このたび、小樽芸術村(公益財団法人似鳥文化財団)に収蔵されている小磯の新出の素描452点について、現物調査、ならびに挿絵原画や実際に掲載された挿絵との照合・比較を行った。これらの作品は、2020年1月20日付で株式会社ニトリが国内オークションで一括購入し、同館に寄託したものである。調査の結果、うち218点が小説挿絵のための下絵であることが明らかになった(作品裏面に描かれていた4図を含めると合計で222図)〔表1〕。発見された下絵は小磯の挿絵業における後半から終盤にかけての長い時期を網羅しており、その画材や筆致には興味深い変遷が見られた。また原画や実際に掲載された挿絵と比較することで、小磯が制作過程で行ったさまざまな取捨選択や試行錯誤を読み取ることが可能であった。本稿ではこれらの調査内容を報告するとともに、その制作プロセスを論じ、下絵を通して浮かび上がってきた小磯の挿絵業の新たな側面について述べていきたい。なお、今回発見された222図が下絵のすべてであるとは考え難く、以降の考察内容はあくまでも今回発見された下絵の中に見られる傾向であることをここに書き留めておく。― 22 ―― 22 ―
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