㉞ 松江藩家老・乙部家の中国絵画コレクション形成に関する調査研究研 究 者:松江市 文化スポーツ部 歴史史料専門調査員 村 角 紀 子はじめに(1)本研究の目的松江藩代々家老六家のひとつである乙部九郎兵衛家では、幕末から明治初期にかけ、「唐絵懸物」165件、「和画懸物」29件の計194件におよぶ絵画コレクションを形成していた。中心人物は乙部家十代の可よし時とき(文政7年~明治20年/1824-87、家老出仕:弘化元年~明治2年/1844-69)である。同家「御道具帳」(乙部家文書11-7、松江歴史館寄託、明治4年以降成立)には各幅の表装や附属品の情報が極めて詳細に記録されており、特徴として、「唐絵」11段階・「和画」9段階に及ぶ厳密な格付、194件中190件に木挽町狩野家の添帖(鑑定書)が附属する徹底した典拠主義、そして「乙部仕立」と称される様式化された四重の外装(外覆・極箱を仕込んだ外箱・帙・内箱)を伴うことが挙げられる。しかし、蒐集の経緯や方法、そしてそもそもの目的は不明である(注1)。乙部家の絵画コレクションは、日本近世から近代への移行期にあたる1840年代末~1870年代初頭に形成され、1890年代にはほぼ解体されていた。これは幕藩体制崩壊後の旧政権からの〈道具〉の放出、近代数寄者と呼ばれる明治新政府要人・政商らによる回収と〈美術〉としての再編、という図式で理解されてきた従来の美術品移動史の隙間に、全く未知のストーリーが存在したことを示唆している。本研究では同コレクションの形成過程に着目し、特に「唐絵」の受容・評価・流通に関する新出の地域所在史料を中央所在作品の情報と相互補完することで、これまでの美術品移動史を再考する観点を提示したい。これは地域美術史の挑戦でもある。(2)調査の概要まず、東京大学東洋文化研究所「中国絵画所在情報データベース」(以下DB)と『中国絵画総合図録』により乙部家旧蔵と推定される作品をある程度絞り込んだ上で、同所の調書(モノクロ写真付)および35mmカラースライドを閲覧させていただいた。次に、現在の所蔵・寄託機関に特別観覧を申請し、根津美術館、東京国立博物館、龍谷ミュージアム、島根県立美術館、大東急記念文庫、京都国立博物館、藤田美術館、静嘉堂文庫美術館、皇居三の丸尚蔵館、個人5名より許可を賜った(DB未登録、および「和画」を含む)。「御道具帳」記載内容と各作品の画家名・画題、現存する表装・附属品を照合した結果、これまでに34件40幅を乙部家旧蔵絵画と特定することができ― 372 ―― 372 ―
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